Shunpei Kaneko

ファッションデザイナー
ペイズム
金子俊平

 

自身のブランドで日本の技術を未来につなげる若きデザイナー

 

文化服装学院の卒業生たちの現在を追う、“文化つながり”のインタビュー集「LINKS(リンクス)」。今回は自身のブランド「ペイズム(PEISM)」を立ち上げて2シーズンめの若きファッションデザイナー、金子俊平さんにフォーカス。日本の服づくりを支えた工場との関わりをテーマにする金子さんの仕事現場を密着レポート!

老舗染色工場での服づくり

1909年(明治42年)創業の内田染工場にて。サンプルが並ぶ部屋で金子さんの前に置かれたジャケットは、同工場が加工した2022-23年秋冬アイテム。

コムデギャルソンやイッセイミヤケといった日本のトップデザイナーズを顧客に持つ染色工場「内田染工場」。東京を拠点にするブランドがアクセスしやすい文京区白山に居を構える、ファッション業界で広く知られた実力派だ。ペイズムの金子さんも、2021年のブランドスタート時から染色加工を依頼している。そのきっかけを彼が語った。
「これまで働いてきたブランドでは特にお付き合いがなかった工場です。でもずっと憧れてきた存在。ペイズムを立ち上げたときにぜひお願いしたいと思い、お声がけさせていただきました」

「これはたいへんだったよね(笑)」と制作の様子を話す、担当の宮原 弘(みやはら・ひろし)さん。「黒デニムの服をいったん白くブリーチしてからストライプ模様を入れていったんだけど、どれくらい白くなるか予想できなかった。でも珍しいくらい真っ白に落ちてよかったよ」
ジャケットは下の部分だけを液体に浸けて色を抜き、服を吊り下げて白くなった部分にスプレーで染料を吹き付けて塗装。

ペイズムは金子さんが日本の工場を未来につなげるべく立ち上げたブランドである。
「工場生産がストップしたコロナ禍以降とくに、日本の工場がどんどん廃業する状況を見てきました。このままでは高い技術力を持つ日本でモノづくりができなくなってしまうと思い、危機感を抱いて独立しました。微力でもアパレル業界が盛り上がれる一助になれると信じて」

ブリーチの工程を見学。ドラム状のマシンの内部が回り、液が均一に服に馴染んでいく。

服の下部分だけを染め変える設備による加工方法の一例。内田染工場は服になる前の生地の原反を染めることは行わず、主に製品加工を手掛ける。
工場内にて宮原さんと。ベテラン職人と若手クリエイターの相互作用に今後も期待大。

このたびの取材では金子さんが初めて内田染工場の内部を探訪。現場を肌で感じるいい機会になったようだ。
「いままで工場の現場に足を踏み入れることができませんでした。興味がありましたが、職人さんにリスペクトの気持ちがあり仕事の邪魔になってしまうと思っていたので」
宮原さんの案内のもと様々な染色・加工用機械を見て廻る、モノづくり好きにはたまらない楽しいツアーになった。

2022-23年秋冬コレクション

以下の写真3点すべて、22-23年秋冬コレクション。上写真の2アイテムはウールと化繊を混ぜた実用的な素材によるセットアップ。ペイズムの基本はウィメンズだがテイストはマスキュリンで、メンズウエアのディテールも採用されている。
ブランケット風のキルトスカートと、ワンピースとして着られるオーバーサイズのスエットシャツ。
ルーズに肩が落ちネックも緩いニットワンピースと、ミリタリーウエアを一着に融合させたコート。

型数を少数に絞ったペイズムの販売は、自社ECサイトを中心にしている。
「現状では自社で売るほうが利益率も高いですし、ビジネス面ではそのやり方を採用しています」
ブランドの発展に従って今後は卸しを増やしたり流動的に動いていくようだ。金子さんは自分の手が加わるブランドのあり方を探っている。
「自分自身でモノを発信できるやり方を模索中です。立ち上げ時の22年春夏の商品のなかには、自分で縫っているものもあります」
世界的なSDGsの提唱とコロナ禍を経て、消費でなくモノを大切にする人が増えたと言われるいまの社会。服がどうやってできているか、誰がつくっているかをきちんと示せるのが小規模なブランドの強みだ。まだ発展途上のペイズムだからこそ進める道がある。

立ち上げ2シーズンの軌跡

デビューとなる22年春夏コレクションのルック写真より。ダイナミックなシルエットのセットアップ。以下写真3点提供:ペイズム
フリルと斜めの柄が混在して動きを生むブラウスとスカート。

 

 

22-23年秋冬コレクションのルックより。

ショールーム機能のあるオフィスを仲間をシェアするなど、活動しやすい体制が整ってきた金子さん。文化服装学院を卒業してコレクションブランドのパタンナーとして経験を積んできた。自分で何かを変えたくて、やりたいこと探すのに必死だった日々。その間に彼は、日本でのモノづくりに惹かれる気持ちを見出した。

文化服装学院時代のエピソードを金子さんが語ってくれた。
「決して優秀な学生ではなかった」
と笑う。
「高校生のとき少し専門的に型紙を使い洋服を縫っていたので、専門学校に入学しても『まあできるだろう』と甘く考えていました。ところが入ったらぜんぜんだめで。授業に追いつくことにいっぱいいっぱいでした。成績も悪くいつもドベのほう(笑)。勉強が苦手で逃げるように洋服づくりの道に進んだのに、ここでも負けるのかと思いました」

そんな彼にあるとき、自分を見つめなおした時間が訪れた。

「『何が分からないかも分からない』という状態を放置してはいけないと思い、興味があることを追求したい気持ちが芽生えて服のパターンに行き着きました。やりたいことが見えてきたら自信もついてきたのです」
しかしその後、できると思って働いたインターン先で何もできず鼻を折られることを経験。
「危機感を覚え、『もう一年、技術専攻に行きたい』と親に頭を下げて進学しました」

プロになった金子さんがいま、学生にアドバイスするのは以下のことだ。
「学校に通いながらも、学外で学べることが多いと思います。覚悟を決めてこの世界に入るのであれば、現場のスピード感を肌で感じることが必要です。課題はたいへんだと思いますが、時間をつくって外で学ぶ機会を得るべきでしょう」。

プロとして活躍する人に話を伺うと、皆が一様に「学生レベルはアパレル業界に通用しない」と口を揃える。自信満々で社会に出た人でも仕事の厳しさを知り、学びながら実力を身に着けていくものだ。学生が学業以外でやるべきは、様々な社会経験をして一歩でもプロに近づくことなのかもしれない。

 

※2022年6月取材。

 

LINKする卒業生

・持地 大(服装科卒業)
STP factory(旧・西和テキスタイルプリント)勤務
「テキスタイルプリント会社で働く同級生。ペイズムのプリント生地を担当している、仕事で直接関わる文化の仲間です」

・福地 藍(ニットデザイン科卒業)
ハイセンヰ勤務
「ハイセンヰ(はいせんい)はデザイナーズニットのOEM製造を手掛ける会社。福地さんもペイズムのニットを担当してくれている人です」

記事制作・撮影
高橋 一史 ファッションメディア製作者/フォトグラファー
明治大学&文化服装学院(旧ファッション情報科)卒業。編集者がスタイリングも手がける文化出版局に入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き・撮影・ファッション周辺レポート・編集などを行う。

一般公開メールアドレス:kazushi.kazushi.info@gmail.com

関連サイト

INTERVIEW

ファッションデザイナー
ペイズム
金子俊平(かねこ・しゅんぺい)
服装科、服飾専攻科技術専攻卒業

1995年、秋田県生まれ。秋田の高校卒業後に文化服装学院に入学。卒業後に複数のブランドで研鑽を積む。2021年に自身の名前の一部である「ペイ」と、主義/主張を意味する「イズム」を足した造語の「ペイズム」をスタート。

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Vol.013

フットロッカー アトモスジャパン メンズ シニアディレクター 小島奉文

スタイリスト科(現ファッション流通科スタイリストコース)卒業

INTERVIEW

ファッションデザイナー
ペイズム
金子俊平(かねこ・しゅんぺい)
服装科、服飾専攻科技術専攻卒業

1995年、秋田県生まれ。秋田の高校卒業後に文化服装学院に入学。卒業後に複数のブランドで研鑽を積む。2021年に自身の名前の一部である「ペイ」と、主義/主張を意味する「イズム」を足した造語の「ペイズム」をスタート。

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Vol.013

フットロッカー アトモスジャパン メンズ シニアディレクター 小島奉文

スタイリスト科(現ファッション流通科スタイリストコース)卒業