TSUNOMORI SATOSHI

objcts.io
デザイナー
角森智至

職人からデザイナーへ、
クリエイター好みのバッグを創造

角森智至デザイナーが手掛けるバッグブランド、objcts.io(オブジェクツアイオー)をひと目見て、日本発信と気づく人は少ないかもしれない。ヨーロッパのファッションブランド、もしくはいま勢いのある韓国や香港などのガジェットと共通するモードなセンスに満ちているからだ。そんなスタイリッシュなブランドを生み出した角森デザイナーの発想力と、ブランドを運営するコツ、いまに至る人生のプロセスに迫った。

縫えるから職人にも指示できる

objcts.ioのバッグ類の多くは、奥行きのある色のレザーを用いたワントーン仕上げ。コバ塗りの塗料やステッチに至るまで同色で揃えるのは簡単ではないだろう。隙間なくパーツが取り付けられた精密な縫製も美しい。さらに驚くのはレザーが布のようにしなやかに、まろやかに扱われていること。手に持ち肩に掛けたとき身体が優しさを感じ、ずっと撫でていたくなる肌なじみのよさだ。

新作のバッグを手にブランドストーリーを語る角森デザイナー。

日本のバッグ関係者は皆一様に、「日本の製造技術は世界トップクラス」と口を揃える。確かに技術面はその通りなのだろう。だが“ファッションセンス”はどうだろうか。バッグデザイナーが思い描くアイテムを形にするのは職人。クラシカルなバッグづくりを誇りにする実直な日本の職人に、最新ファッション感覚を求めるのは酷かもしれない。このモノづくりについて角森デザイナーにどう対処しているのか尋ねた。彼の答えは以下の通り。
「製品に応じて国内と海外のサプライヤーに振り分けています。自分のイメージを世界中でもっとも上手に製品化してくれる職人さんと仕事するのがobjcts.ioのスタンスです」

objcts.ioの出発点にしてブランドアイコンのバックパック。防水加工のレザーで仕立てた軽量な逸品。

とはいえレザーを折り曲げてファスナーを隠したり、柔らかな曲線の裁断にしてもらう凝った製造依頼は簡単ではないはず。テクニックを明確に指示する必要があるに違いない。そこに角森デザイナーの大きな強みがある。文化服装学院の学生時代にバッグを手縫いして、卒業後に就職した土屋鞄製造所でランドセル職人になった。縫えるからこそ職人と共通言語で話せて、実現可能な仕様も的確に伝えられる。

使ううちに中央部が自然に凹み柔らかなニュアンスが出る計算されたデザイン。芯地の入れ方でこのシルエットになるように開発が繰り返された。

彼には学生時代に強烈に印象的だったひとつのバッグがある。それはヨーロッパのハイブランドのバッグ。
「いまでもよく覚えています。文化時代に都営大江戸線(学生がよく利用する地下鉄)内で見かけたディオールの赤いサドルバッグです。ジョン・ガリアーノがデザインしていた時代のもの。同時期にエルメルのバッグにも心惹かれていました。このようなハイブランドに匹敵するバッグをつくりたい気持ちで、毎日手縫いの修行を続けていました」
優れたバッグにはミシン縫いの技術も必要なことをバッグデザイン科の教員に教わり、ミシン縫いも習得。頭のなかで「いつか自分のブランドを持ちたい」と夢を描きながら。持ち前のファッションセンスと地道な積み重ねの知識と経験が、現在のobjcts.ioへとつながっている。

背面にはキャリーバッグのハンドルに挿せるバンドつき。旅行や出張するシーンも思い描かれている。

財布づくりで出向した社員生活

角森デザイナーが就職した土屋鞄製造所はいまほど規模が大きくなく、バッグを除くレザー小物を製品化するノウハウも限られていた。そこで新規プロジェクトに声が掛かったのが彼だった。
「いまでこそ土屋鞄製造所の職人は約200人もいますが、僕が就職したころは数10人ほどの少数でした。現在は分業制になったランドセル製造もひとりですべて縫う体制でしたから、バッグ製造に必要な知識全般を学べました。わずか1年ほどでランドセル職人生活は終わりましたが、それは会社が大人用の財布をつくる企画を立て他社でノウハウを学ぶべく出向を求められたから。ゆくゆくは自社に戻り、職人を養成して製造チームをつくる前提での出向です。この時期も含む土屋鞄製造所ではトータルの約8年弱で、さまざまな業務を経験しました」

クッション素材でふっくらとさせたショルダーストラップつきの新作バッグ。ストラップは肩の負担を軽減し、美しさと実用性とを兼ね備えている。

こうした毎日を過ごすなかで角森デザイナーの心に自身のブランドをつくる想いが増していった。
「モノづくりの理想はゼロイチ(ゼロからイチへ=なにもない状態から生み出すこと)とよく言われますが、職人は0.5だと感じていました。まずデザイナーの考えが最初にありますし、ゼロから参加するモノづくりではないのです。そんな思いを抱えていた頃に、職人の自分とお客さんとがFacebookでダイレクトにやり取りしたことがありました。使う人と関われる喜びを知り、ますますブランド立ち上げへの気持ちが高まっていきました」

縫製できゅっと引き締めた精密なディテール、徹底して色合わせした素材使いといった丁寧さがobjcts.ioのアイデンティティ。

独立してから土屋鞄製造所に戻り、
ブランドをさらに発展

2017年、30歳になる年に独立して、共同経営者とともに念願のオリジナルブランドをスタート。職人からデザイナーへと活動をシフトする独立だった。ファッション性が高く機能も追求されたobjcts.ioは、メディアでも取り上げられるほど評判になった。

売上げの半分を占めるほどヒットを続けるiPhoneケース。素材は手に馴染むレザー。取り外し自在なカラビナをつけるなど実用の工夫も満載。

角森デザイナー自身が愛用中なのが、マグネットでウォレットを吸着できるシステムのストラップつきiPhoneケース。

ただし実際の毎日の業務は角森デザイナーにとって過酷だったようだ。
「5、6人の小規模なチームで運営して、なんでも自分たちでこなさないといけない環境でした。事業は順調に進んでいたのですが、自身の業務も多忙を極めました。仕事の割合でいうなら、デザイン2割、生産管理8割だったのです。デザインを考える以外に時間を取られすぎることに悩みを抱えていました」

モバイルギア、各種カード、紙幣まで収まり、日常生活がこれひとつで間に合うウォレットバッグ。写真は裏側で、表側はすっきりとシンプルな顔つき。

そこに救いの手を差し出したのが古巣の土屋鞄製造所だった。会社のブランドのひとつとしてobjcts.ioを運営することを決定。退社しても良好な関係性を築いていたからこそ実現した円満な事業譲渡である。

現代人の移動をアップデートする
デザインコンセプト

objcts.ioの大きな個性のひとつは、モノを持ち運ぶ機能がしっかり搭載されていること。ハイブランドのバッグにビジュアル優先が多いことに対する明確な違いがある。さらに、現代のデジタルガジェットに素早く対応する機動力も同ブランドの個性のひとつ。現代人のデイリーな仕事とプライベートに寄り添い、使うと手放せない愛用品になっていく。
「現代を生きるクリエイターのための製品、と考えてデザインしています。さまざまなハイテクのデバイスを持ち歩く人たち。objcts.ioは彼らの移動をアップデートさせる存在でありたいと願っています」

角森デザイナーの手書き図面によるバッグ設計。写真提供:objcts.io

無駄を削ぎ落としたプロダクトに思えるが、ミニマリズムとは異なるアプローチのようだ。
「ファッションとして捉えていますので、ミニマリスト的な思想ではないと思います。本当にミニマリズムを追うなら、素材にレザーを使うことはないでしょう。日本人のように仕事もプライベートも服装にあまり区別がない人たちを主なターゲットに考え、カジュアルにもセミフォーマルにも持てる製品に落とし込んでいます」

エストネーション 六本木ヒルズ店でのポップアップショップ。写真提供:objcts.io

ブランドを知らない来店客も次々に訪れた渋谷スクランブルスクエアでのイベント。写真提供:objcts.io

ヒットアイテムのiPhoneケースで女性人気も広がり、ポップアップショップにはアジアからの旅行客もやってくる。これまで対面販売は土屋鞄製造所の直営店かポップアップショップのみだったが、2025年春夏からセレクトショップなどの卸しにも本格的に進出。ラグジュアリーストリートのカリスマ的なショップ、GR8(グレイト)などでの展開がはじまった。

中学生で決意したファッションへの道

角森デザイナーの出身は島根県の出雲。実家は呉服屋を営み、家業の手伝いもしてファッションに囲まれた生活だった。「この家に生まれた強みも活かせる」とファッション界で仕事をすることを決めたのが中学2年生のとき。東京のファッション学校の資料を取り寄せるほど将来を見据えていた。
「母親に『文化服装学院はどう?』と教えられ資料請求したのが、自分と文化との初めての出会いです。その後普通高校に進学してスポーツにも夢中になりましたがファッションへの想いは途切れず、高2と高3の夏に東京に出て文化の高校生セミナー(サマーセミナー)に参加。上京していた兄が住んでいた部屋に寝泊まりして」
そんな彼がバッグデザイン科で職人的な工芸を学んだのには理由がある。それはスポーツシーンではシューズがアスリートを支える最重要なアイテムだったこと。
「将来に就きたいファッションの仕事が定まらず、意義を感じたのがシューズでした。そこでファッション工芸専門課程に決めたのですが、当時は1年生でシューズ、バッグ、帽子、ジュエリーなどを一通り実習するシステムでした。翌年以降の専攻を選べたことが決め手のひとつです。現在は2年制になりましたが、その頃は3年制で選択コースを変えられる余地がありましたから」

土屋鞄製造所のオフィスにて。

担当教員の優れた教えに導かれたこともあり、進む道をシューズからバッグに転向。卒業して就職してからも非常勤講師になり、長く文化に通ったほど当校との関わりが深くなった。
角森デザイナーは職人技と先端の時代感覚を併せ持つ稀有なバッグクリエイターとして、新たなフィールドに歩みを進めている。世界のマーケットを見据えたアプローチが実を結ぶ日もすぐ目の前に迫っている。

※2024年11月取材


LINKする卒業生


・玉那覇孝二
ファッション工芸科(現:バッグデザイン科)卒業
バッグ職人/コニー取締役常務

・関 真理
ファッション工芸専門課程
バッグデザイン科卒業
アシックス勤務 オニツカタイガー デザイナー

「玉那覇さんは、ご自身もバッグ職人である文化時代の恩師です。現在も当校で教員をなさっています。関さんは、僕が文化の非常勤講師をしていたときの教え子。いま勢いのあるアシックスでシューズデザイナーとして活躍しています」

記事制作・撮影
一史  フォトグラファー/編集ライター
明治大学&文化服装学院(旧ファッション情報科)卒業。編集者がスタイリングも手がける文化出版局に入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。撮影・文章書き・ファッション周辺レポート・編集などを行う。

Instagram:kazushikazu

関連サイト

INTERVIEW

objcts.io
デザイナー
角森智至(つのもり・さとし)
ファッション工芸専門課程 バッグデザイン科 2009年卒業

島根出身。呉服屋の実家で生まれ育ち、高校卒業後に上京して文化服装学院に入学。土屋鞄製造所に就職してバッグ職人に。2017年に独立し18年に自身のブランド、objcts.ioを設立。22年に土屋鞄製造所に事業譲渡して自らも同社に戻る。現在は同社の社員としてobjcts.io専任デザイナーを務める。

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Vol.040

EUCHRONIA
デザイナー
佐藤百華

ファッション高度専門士科卒業

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objcts.io
デザイナー
角森智至(つのもり・さとし)
ファッション工芸専門課程 バッグデザイン科 2009年卒業

島根出身。呉服屋の実家で生まれ育ち、高校卒業後に上京して文化服装学院に入学。土屋鞄製造所に就職してバッグ職人に。2017年に独立し18年に自身のブランド、objcts.ioを設立。22年に土屋鞄製造所に事業譲渡して自らも同社に戻る。現在は同社の社員としてobjcts.io専任デザイナーを務める。

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佐藤百華

ファッション高度専門士科卒業