MASATO KANAKUBO

株式会社 B 代表取締役
株式会社パパス 「Papas+」 企画
文化服装学院非常勤講師
金久保 雅人

現場経験のビジネスを学生に教える、
ベテランデザイナーの目線とは?

文化服装学院の卒業生たちの現在を追う、“文化つながり”のインタビュー集「LINKS(リンクス)」。今回ご登場いただくのは、フリーランスデザイナーの金久保雅人さん。百貨店を中心に路面にも直営店を構えるパパスと契約して企画デザインを行い、1年のうち半年は文化服装学院の学生にファッションビジネスを教えている。自身の会社も立ち上げ、「いろんなことをやりたい」と語る彼の活動に迫った。

●仕事1 メンズブランド「パパス プラス」の企画デザイン。

パパスグループの2022年春夏シーズン展示会。色柄ものが多いのが同社のスタイル。

金久保さんの本業はフリーランスのファッションデザイナー。文化服装学院(以下、文化)で学んだパターンワークや得意なイラストも駆使して服づくりしている。山本耀司デザイナーが率いるワイズをはじめ、様々な社内デザインを経験してフリーランスになったのは2013年から。15年にはパパスと契約し、現在は毎日のように制作アトリエに通っている。しかし彼は最初からファッションデザイナーになりたくて文化に入学したのではない。好きな絵の道に進むか、新たに興味を持ったファッションの世界に飛び込むかで迷ったうえでの決断だった。
そのときの思いについて金久保さんは、
「高校時代は漠然とイラストレーターに憧れていましたが、姉が購入していた雑誌『anan』を見てファッションに興味を持ちはじめました」
と話す。結果的にファッションブランドの商品企画を仕事にしたものの、いまの職場であるパパスでは持ち前の技が生かされている。
「ここではデザイナー自身が描いた絵をそのまま図案に用いて服にします」
若かりし頃の思いが、服というキャンバスを通して世の中に発表されている。ファッションデザインの可能性の広さを物語る一例だ。

●仕事2 服装科でビジネスを教える非常勤講師

教室の学生を前に講義をする金久保さん。

この5年間に金久保さんが続けているもうひとつの重要な仕事が、文化の授業の受け持ちである。長年のアパレル勤め経験で知ったデザインから商品に至る一連の流れを、社会人目線で若い学生に語りかけている。客が求める声にどう応えればいいか、プライスゾーンや素材の設定に即したデザインのやり方などの実践的な内容だ。

自身が描いた服用イラストを学生に見せる。
パリの街を描いたレディスウエアのサンプル生地。

アパレル勤務経験がない学生には実感しにくいほどのリアルな現場体験を伝えている。次々と飛び出す専門用語や社内での各部署とのやり取りの話に戸惑う学生もいるだろうが、いま現在第一線でデザイン活動する人物から現実を聞ける貴重な機会である。金久保さんいわく、
「学生がこれからやるビジネスの広げかたを教えています」
ここに掲載している授業風景は12月の1コマだが、若い皆の目が輝いた瞬間があった。それは金久保さんが描いた絵が生地になった見本が配られたとき。やはりダイレクトに服に結びつくモノを見て触ると、服好きの彼らのテンションが上がる。

トルソーに囲まれた教室のムードはファッション学校ならでは。

街に出て店でリサーチさせるなど学生の見聞を広げる授業にもトライしている金久保さんが講師になったのは、知り合いの紹介で学校に誘われたことがきっかけ。ちょうどフリーランスとして活動幅を広げることを考えていた矢先で、若い人たちの考え方も知りたいという好奇心もあり引き受けた。担当する服装科の学生について、
「いい意味で素直で、知識も技術も持っている印象です。とくにコロナ禍以降は研究心も増しているように思います。ただしその一方で、すでに興味を持っているジャンルばかりを追う傾向にありますね。スマホで限られた情報だけを目にしているからかもしれません」
社会に出れば一元的なモノの見方では通用しないことは誰でも身にしみて感じること。若い時期からそこに気づくと、将来進む道の可能性も幅広く見えてくるかもしれない。

●学生時代 「最初は落ちこぼれだった」

金久保さんが学生時代に描いたデザイン画。

金久保さんが文化に入った80年代は、日本で空前のファッションブーム(デザイナーズ&キャラクターズ)が起きた時代。しかし彼はブランドの名前さえよく知らない、当人いわく“落ちこぼれの学生”だった。ターニングポイントになったのは、イッセイ ミヤケでのアルバイト経験。ブランドに就職する、という考えが芽生えた。

ファッション面で影響を受けた、80年代に人気だったバンドのレコードジャケット。

入社が決まったワイズは、まさしく時代の最先端であり全学生の憧れでもあった存在。金久保さんが当時のエピソードを語った。「ミリタリーを女性に着せたデザイン画を社長(山本耀司さん)面接で見せました。それが気に入られたようで入社することに。当時ワイズが展開していたブランドに所属して、デザインとパターンを2年ほど手掛けました。この時期にアパレル企画をイチから学びましたね。その後人の紹介でビギグループに入り(※編注:ビギグループも当時絶大な勢いのあったアパレル)、デザイナーとして主にレディースを手掛けました」


ビギグループの様々なブランドを経験し、13年にフリーランスになってから2年後に契約したパパスもまたビギグループ。金久保さんのキャリアの大半は同グループとともにある。ビギの各ブランドはMD(マーチャンダイジング)がしっかりとした、顧客の好みやトレンドを反映させたもの。ファッション業界の主流といえるビジネスが行われている。日本でのファッション全盛期から現在までつぶさに見てきた彼の経験と仕事のテクニックを、Z世代の学生も精一杯吸収して将来に備えよう!

※2021年12月取材。

LINKする卒業生
・多田和久(アパレルデザイン科卒業)。
ゴルフブランド「アドミラル」らを手掛けるTDWのCEO及びクリエイティブ&マーケティングディレクター。
・中川清美(服飾専攻科デザイン専攻卒業)。
イラストレーター。

「ふたりとも同期です。同じクラスだった中川は文化服装学院の講師もしており、学内で顔を合わせることも」

記事制作・撮影
高橋 一史 ファッションレポーター/フォトグラファー
明治大学&文化服装学院(ファッション流通専門課程 旧ファッション情報科)卒業。編集者がスタイリングも手がける文化出版局に入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。モノ書き・編集・ファッション周辺レポート・撮影などを行う。

一般公開メールアドレス:kazushi.kazushi.info@gmail.com

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INTERVIEW

株式会社 B 代表取締役
株式会社パパス papas+ planning 企画
文化服装学院非常勤講師
金久保雅人(かなくぼ・まさと)

1966年、東京生まれ。84年に服装科に入学。デザイン専攻科に進み87年に卒業、同年にワイズに入社。89年にビギグループのキャトルセゾンに入社、以降、同グループ内の会社とブランドを渡り歩き、2013年にフリーランスのデザイナーに。17年より文化服装学院の非常勤講師に就任。

Vol.004 NEXT 高橋真璃乃

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PRスタッフ
高橋真璃乃

ファッション流通科2年ショップスタイリストコース卒業