MASAMI HIRAMATSU

コスチュームスタイリスト
平松正美

アイドルの心に寄り添う衣装をつくる、コスチュームスタイリスト

 

文化服装学院の卒業生たちの現在を追う、“文化つながり”のインタビュー集「LINKS(リンクス)」。今回はアイドル衣装制作の現場を追った特別編。フィーチャーしたのはコスチュームスタイリストの平松正美さん。アイドルたちから親しみを込めて「先生」と呼ばれる平松さんは、文化服装学院の元教員。学校×ステージ衣装のコラボレーションを長年指導した経験を元に、学校外へと飛び出した平松さんとアイドルたちに密着!

アイドル誕生日ライブの主役衣装ができるまで

ライブを中心に活動するアイドルグループ「Peel the Apple」のライブツアーのステージ風景。菓子のパンナコッタをイメージした衣装を平松さんが手掛けた。写真提供:Peel the Apple

アイドルグループのステージにはさまざまな名目がある。ここにお届けする「生誕祭(せいたんさい)」もそのひとつ。メンバーの生まれ月に行われる、当人を主役にしたライブイベントである。平松さんが衣装を手掛ける8人組グループ「Peel the Apple(ピール・ジ・アップル)」では、生誕祭の主役はこの日に特別な衣装を着てステージに立つ。
アイドル本人が衣装の方向性を考え、平松さんが素材集め・デザイン・縫製を行い、世界に1点だけのオートクチュール作品がつくられる。着る女性が最高のパフォーマンスをできる衣装づくりが平松さんのポリシーだ。
追っかけレポに協力してくれたのは、2022年5月21日(土)に渋谷のライブハウスで開催された生誕祭/昼の部で主役だった、5月で19歳になった黒嵜菜々子(くろさき・ななこ)さん。高視聴率のTBS系テレビ番組「サンデージャポン」に出演したり、女優業やグラビアなどソロ活動でもファン層を広げる彼女のかわいさにもご注目を!

仮縫いフィッティング中の黒嵜さん。完成に近い状態で着て、平松さんと話し合いながらディテールを詰めていく。フリルの素材選びや背中のリボンのバランスから、気になる胸開き具合まで細かく調整。
「髪型どうしよう!?アップか下ろすか、ハーフアップか。巻き髪にするつもりなんだけど……」と黒嵜さん。ヘアメークを自分でやるアイドルならではの悩み。平松さんは髪型相談から帽子・リボン選び、ジュエリーの用意までトータルでスタイリングを担当。

黒嵜さんがコレクションルックなどを見せてリクエストした衣装のテイストは、ウエストをフィットさせスカートにボリュームのあるドレス。その望みを踏まえて平松さんが生地屋を探し歩き、布やパーツを購入。仮縫いして所属事務所の会議室を利用したフィッティング部屋に持っていった。完成前のドレスを着た黒嵜さんいわく、
「先生は天才!わたしの簡単な提案でこんなに素敵なドレスにしてくれるんだから。ライブ衣装をほかの人にお願いするのが考えられないくらい信頼してます」

アトリエにてミシン、手縫いを駆使してドレスを仕立てる。つくる数が多いときは文化服装学院の学生にインターン(手伝いでの実習経験)に来てもらったり、教え子のプロを招くことも。
自宅に設営したアトリエルーム。

ときにはライブ前日に手直しや縫い直しもある衣装製作の仕事。日中に素材を集めて夜中に作業することも多い平松さんのアトリエは自宅のなか。あらかじめ決められたデザインを服に仕立てる作業を引き受けたり、臨機応変に対応するのがコスチュームスタイリストの仕事だ。

完成したドレスを着た、プリンセスのような佇まいの黒嵜さん。スカートの裾を翻してボリュームシルエットをアピール。ライブ終了後の会場にて撮影。

黒嵜さんのメンバーカラーである紫色をテーマに制作されたドレス。後ろの花束はファンの有志たちによるギフト。
本番の髪型はハーフアップに決定。ドレスのボリューム感とバランスがよく、顔の美しさも引き立つ結果に。

ステージで激しく踊り動き回るアイドル衣装は見た目がかわいいだけではNG。スポーツウエアに匹敵する機能性が必要だ。平松さんが考える衣装に必要な条件とは?
「運動量を確保して動きやすいこと。たっぷり汗をかくから洗濯しやすい耐久性のある素材を使うこと。裏地は汗をかいた肌にくっつかない素材を使うこと。その後の保管も考えシワになりにくい素材にすること。そのうえで、着る本人が自身を『かわいい!』と思えて気分が上がる服にすることが大切。わずかなスカート丈でも違ってくるから手を抜けません」

ステージ衣装ならではのシルエットのつくりかたもユニークだ。ステージは客席より高い位置にあるため、「見上げる目線を意識してデザインする」そうである。足元から見上げる構図で頭部の大きさを決めたギリシャ彫刻や、高い位置に飾られる教会の宗教画と同様の計算が行われている。

Peel the Apple – なんてこった! 【Music Video】

生誕祭でほかのメンバーが身につけたのは、このミュージックビデオ内でも着ているパンナコッタをイメージした衣装。平松さんがデザイン・制作してひとりひとりに合わせて調整したものだ。

ライブ当日の舞台裏

5月はメンバーの山崎玲奈(やまざき・れいな)さんの誕生月でもあり、21日のライブは昼と夕方にわけた2回公演だった。後半の部である山崎さんの衣装は、ファッション好きな彼女の夢を叶えるため本番ぎりぎりまで手直し。平松さんと一緒に作業しているのはインターンの文化服装学院の学生、大石愛莉(おおいし・あいり)さん。


山崎さんの希望によりデニム素材をチョイス。アクセントのオレンジは彼女のメンバーカラー
身につけて大満足の表情の山崎さん。帽子もドレスとセットでつくられた。もうひとりの主役の黒嵜さんとの違いがよくわかるデザイン。写真提供:Peel the Apple

服の着せ付け、着替え後の衣装管理、お直しなどライブ開催中もスタイリストは大忙し。この日はスケジュールの都合で山崎さんの衣装直しが事前にできなかったこともあり、インターンの大石さんと一緒にバタバタと働き回った。

アイロン掛けは全スタイリストが行う基本中の基本の仕事。蒸気が吹き出るスチーマーを現場に必ず持っていく。

平松さんの仕事ぶりを見ていると、服を大切に扱い、着るアイドルも大切にしていることがよくわかる。
「アイドルたちは長年面倒を見てきた学生たちと同じ世代ですから」
と言うが、簡単に実践できることではないだろう。アイドルが積極的に衣装製作に関われるかどうかは、事務所やレコード会社の方針しだい。スタイリストの仕事スタイルにより当人の意見を取り入れる割合も変わってくる。どれが正解ということもなく、コスチュームスタイリストは仕事を続けながら自身のスタイルを見出していく。

SILENT SIRENとの出会いでアイドル衣装の道に

文化服装学院のスタイリスト科を卒業して同科の教員になった平松さんは、
「コスチュームスタイリストになるなんて思ってもみませんでした」
と昔を振り返る。19年に辞めるまでの20年間の教員生活で、現在の道に進むきっかけになった出来事がある。12年に衣装制作したガールズバンド「SILENT SIREN(サイレントサイレン)」との出会いだ。文化服装学院と同バンドのコラボによる学生参加の衣装製作を指導して、その後10年間に渡りライブ衣装を手掛けてきた。
16年にはSILENT SIRENと同じ事務所のアイドルグループ「26時のマスカレイド」も衣装コラボ企画に加わり、平松さんの元でデザインから制作まですべてを文化服装学院の学生が担当。20年にデビューしたPeel the Appleも同事務所の所属グループである。教員時代を含めれば平松さんの衣装制作歴はとても長い。この間にも世の中ではアイドルグループがたくさん出現し、大きなカルチャーを生むマーケットに成長している。

SILENT SIREN10周年記念ライブの衣装は、デザインから制作まで文化服装学院の学生によるもの。コンセプト提案をファッション流通科スタイリストコース、プリント生地をファッションテキスタイル科、デザイン・制作をアパレルデザイン科が行う、科の垣根を越えたコラボになった。

Peel the Appleに加え多数のグループの仕事を同時進行でパワフルにこなす平松さん。ライブステージ、ミュージックビデオ、アーティスト写真(アー写)撮影など衣装が活躍するシーンはたくさんあり、スタイリストは状況を判断して役割をこなす。
それではコスチュームスタイリストに向くのはどんな人だろうか。平松さんは学生時代からファッションショーが好きだった。皆でつくり上げるチームワークと達成感のあるステージに惹かれていたことが、いまの仕事と大きく関係しているようだ。
「一緒に働く学生を決めるとき、『遅刻欠席なし』『未提出物なし』を条件にしますね」
と彼女が言うように、“ちゃんとした働き”ができるかも問われる。大人数が共同で働く現場では、たったひとりが仕事しないだけで全体の動きが止まってしまう。人とうまくやっていくコミュニケーション能力もスタイリストに必須の資質。人と関わることが好きなら、まずはこの道に進む第一関門をクリアしているのかもしれない。

プロとして再び学校を訪れて行った、スタイリストコースでの特別授業。Peel the Appleの衣装製作のやり方といった実践的な内容をレクチャー。このときは教員時代の教え子でファッション誌を中心に活動するスタイリスト、古川 燿(ふるかわ・しょう)さんも教壇に立った。

学生は現場に行って空気を感じることが最高の経験になるから、積極的に外に出ていこう。アイドル衣装と、モデルに服を着せるファッション撮影では作業のプロセスも大きく異る。プロのアシスタントになり何年も修行するのが当たり前なスタイリストの奥深さを、いまのうちから体感しておくのが最良の道だ。

※2022年5月取材。

LINKする卒業生

・石橋美沙(ファッション流通科スタイリストコース卒業)
スタイリスト/アートディレクター
https://www.instagram.com/misaishibashi_/

・宮本美優(ファッション流通科スタイリストコース卒業)
衣装デザイナー/スタイリスト
https://www.instagram.com/m___u108/

「石橋さんは教え子で、Peel the Apple『なんてこった!』のミュージックビデオでの私服スタイリングを担当してくれました。宮本さんも教え子で同様の文化つながりの仕事仲間です」

記事制作・撮影
高橋 一史 ファッションメディア製作者/フォトグラファー
明治大学&文化服装学院(旧ファッション情報科)卒業。編集者がスタイリングも手がける文化出版局に入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き・撮影・ファッション周辺レポート・編集などを行う。

一般公開メールアドレス:kazushi.kazushi.info@gmail.com

関連サイト

INTERVIEW

コスチュームスタイリスト

平松正美(ひらまつ・まさみ)
スタイリスト科(現ファッション流通科スタイリストコース)を経て、ファッション流通専攻科卒業

1977年、神奈川出身。高校卒業後に文化服装学院に入学。卒業後に同校スタイリスト科の教員に。2012年に教員としてSILENT SIRENの衣装プロジェクトに参加。その後多数の衣装制作経験を経て19年に独立しプロのスタイリストに。

Vol.011 NEXT 尾崎朱梨

花屋doille doilletteフラワーデザイナー 尾崎朱梨

スタイリスト科(現ファッション流通科スタイリストコース)卒業