使う人が喜ぶバッグを目指す、
職人的デザイナーの思いとは?
文化服装学院の卒業生たちの現在を追う、“文化つながり”のインタビュー集「LINKS(リンクス)」。今回のクローズアップパーソンは、「文房具が好きで筆箱が好きで、だからバッグが好きになりました。ファッションの学校に通って本当によかった」と語るバッグデザイナーの丸山 一さん。ランドセルの老舗としてバッグ業界で尊敬される土屋鞄製造所に勤めて、高級で実用的なバッグを生み出す丸山さんの世界を見ていこう。
仕事① ビジネスバッグにトライ!
所属する職人が約200人いる大所帯の土屋鞄製造所(以下、土屋鞄)で、デザインの仕事を行うのはわずか4人。丸山さんはそのうちのひとりだ。文化服装学院を卒業してランドセル職人として入社。一年後に社内プレゼンしてデザイナーへの道を掴んだ。現在まで丸5年の経験を積んでいる。昨年には新たな挑戦としてここに掲載するブリーフケースを手掛けた。書類(=ブリーフ)という名称からもわかるように、これはビジネスパーソンが使う仕事道具。求められる条件がある。
「仕事中に人前で取り出すバッグです。型崩れやみすぼらしさのない、会う相手に失礼がない品にしないといけません。必然的に自由にデザインできる要素は限られてきます。ビジネス街の東京・丸の内に行きビジネスマンの様子をずっと眺めたり、リサーチも欠かせませんでした」
使う人あってのデザインこそ丸山さんの本分だ。
「僕は商業デザイナー。自分の好き嫌いでOKな仕事ではないのです。デザイナーになった当初はその考え方に戸惑いましたが、だんだんとお客様が求めるものを形にすることにやりがいを感じるようになりました」
ブリーフケースをつくるにあたって統括ディレクターから出されたお題は、「男性が気取らずに、カッコよく持てるバッグ」。親しみやすくても高級感やエレガンスがなければ土屋鞄の品にふさわしくない。そこで本体に高熱蒸気で革を縮めるシュリンクレザーを使いエレガンスを表現。シボ革は傷が目立たず、ビジネスバッグに最適な素材だ。採用した革は、肌がきれいな日本産の牛革。スムースレザーのハンドルや補強パーツは、丈夫なヌメ革だ。丸山さんは革の産地による異なる特性まで計算しながらデザインを進めた。
「革屋さん、職人さんとやり取りを重ねて、いろいろ教えていただくことがデザインには不可欠です。打ち合わせこそ仕事の要といってもいいほど」
革に触れる金具が変色しないかテストして、手汗を吸いつつ汚れにくいハンドルの耐久性も追求。長く使うための配慮は丸山さん個人のポリシーだけでなく、子供が6年間使うランドセルづくりの歴史を持つ土屋鞄イズムなのかもしれない。さらに彼は、あるひとつのディテールに独自のアイディアを込めた。
「機能性重視のこのバッグはショルダーストラップをつけられる2WAY仕様です。両脇のストラップ金具が露出しているのが気になって、隠せるフラップカバーを取り付けました。金具が不用意に持ち上がることも防げるパーツです。隠すことが使う人のデメリットにはならないと確信して採用しました」
こうして完成したバッグは、全国の直営店に置かれ客の手に渡っている。
仕事② フォンケースキットをデザイン
上写真の同社広報担当の山登有輝子さんが身につけているのは、購入者が自分で縫うフォンケース。キットとは思えないほどデザイン性が高いアイテムである。コロナ禍で家時間が長くなったなかで、プラモデルのように大人がモノづくりを楽しんでもらおうと企画されたもの。中級者向けのクラフトキットという位置づけだ。手掛けた丸山さんは、「これはランドセル職人の経験と、文化服装学院で学んだことの両方が活きた製品」と笑顔で話す。
「誰でも縫いやすいパーツの形を考えるのに、学校で学んだパターンが役立ちました。組み立てはランドセル製造の工程からの発想。そのふたつを経験しているからできたデザインです」
プロでない人が縫う製品だから縫い目の粗が目立たないように、正面から見ると縫い目を隠す横幅が広いボディを考案。わずか2枚の本体パーツは、革を曲げる箇所がきれいになるように裁断し、プロ品質に仕上がるように工夫。交通カードを差し込む抜き窓の下に粗野な革の裏面が露出しないようにパーツの組み合わせを計算。つくったあと誰もが満足して長く愛用したくなるキットに仕上げた。21年4月にオリーブ、ブラック、ナチュラル(掲載品)でリリースされ評判を呼び、その後に新色のブルーが追加されて全4色のラインアップになった。
西新井のショップ併設工房が最初の勤務地
社会人1年目は職人として、東京・西新井のランドセル工房に勤務した丸山さん。その後は東京・湯島の本社に職場が変わった。ランドセルは分業制で、職人ごとに担当する箇所が定められている。職人志望で入社した彼は、現在まで大勢の職人の姿を見てきた。いま職人を目指す学生に、何かアドバイスはあるだろうか。
「仕事内容を幅広く考えることが大切だと思います。1個のバッグを最後まで縫い上げることばかりが職人ではないんですね。量産品を効率よく製品にする分担作業も重要な仕事です。職人というと黙ってひとりの世界でつくるイメージを持つ人が多いでしょうが、実際は打ち合わせも多く周囲とのコミュニケーションが必要な仕事。ずっと働きたいなら、つくるアイテムが行き着く先のことを考えるといいでしょう。誰に届けたいとか、受け取った人の笑顔が見たいとか。そうやって自分が担当する作業を楽しめたら、職人として長続きすると思います」
学生時代 「文化のいいところは、先生、友だち、設備……」
バッグづくりを学ぶ学校を探して丸山さんが文化服装学院に決めたのは、必要な設備がいちばん整っていたから。サマーセミナーに行き革素材の面白さを伝えられたことも大きなきっかけだった。
「最初はファッションにあまり関心がありませんでした。でも文化に通ううちにどんどん好きになって。友人たちからの影響が大きかったですね」
彼が考えるこの学校のよさはどこにあるのだろうか。
「まず、先生方がプロフェッショナルなこと。ファッション工芸課程は各分野に専門家がいて、さらに既製品に詳しい人や1点モノに詳しい人など得意分野もさまざまです。バッグデザイン科は先生とOB(卒業生)とのつながりが深く、OBのアトリエに手伝いにいくなど社会経験もさせてもらえました。あと文化で素晴らしいのが設備。使い道が限られる特殊なミシンまで揃っています。プロになったいまも、本当に凄いことだと思います。蔵書が多い図書館も役立ちますし、大きなファッションの学校であることは職人志望の人にもきっと役立つでしょう」
穏やかで優しい物腰のなかに芯の強さを秘めた丸山さん。デザインでも取材の受け答えでも、どうすれば相手に伝わるかを真剣に考えて実践する人だ。狭き門のデザイナー職に就けたのも、強くアピールする行動力があったからこそ。彼の生き方は、バッグづくりを目指す若い人が学ぶところが多いに違いない。
※2022年2月取材。
LINKする卒業生 ・牛込圭哉(帽子・ジュエリーデザイン科 【現:帽子デザイン科】卒業 ) 群馬県・桐生の刺繍工場、笠森にてマスクブランドの「FACE DRESS」を企画したデザイナー。 http://www.kasamori.co.jp/ 「とても影響を受けた仲のいい同級生。とにかく変わった人でした。現在はすっかり落ち着きましたが 笑」 ・塚原奈保(バッグデザイン科卒業) 土屋鞄製造所のランドセル職人。西新井の工房に勤務している。 「文化の1年下の後輩。学生のとき知り合いました。僕はランドセルのデザインはしていないので仕事で関わることはありませんが、西新井に行ったときに挨拶したり」 |
記事制作・撮影
高橋 一史 ファッションレポーター/フォトグラファー
明治大学&文化服装学院(旧ファッション情報科)卒業。編集者がスタイリングも手がける文化出版局に入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。モノ書き・編集・ファッション周辺レポート・撮影などを行う。
一般公開メールアドレス:kazushi.kazushi.info@gmail.com
関連サイト
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土屋鞄製造所(https://tsuchiya-kaban.work/)
土屋鞄製造所の公式採用サイト。https://tsuchiya-kaban.work/
INTERVIEW
土屋鞄製造所
バッグデザイナー
丸山 一(まるやま・はじめ)
バッグデザイン科卒業
1994年、東京生まれ。高校卒業後に文化服装学院に入学し、学生時代からインターンとして働いた土屋鞄製造所にランドセル職人として就職。2016年に、KABAN商品企画課デザイナーに就任。
NEXT
次回は、デビューからまだ2シーズンめの2022年春夏に伊勢丹新宿店がポップアップショップを開催するほど、モード界が熱く注目するヘンネを立ち上げたアンナ・チョイさん。神戸で生まれ育ち国籍は韓国、アメリカやイギリスにも留学した国際派だ。彼女が振り返る、必死で勉強した文化服装学院時代の壮絶エピソードは必読の面白さ!
INTERVIEW
土屋鞄製造所
バッグデザイナー
丸山 一(まるやま・はじめ)
バッグデザイン科卒業
1994年、東京生まれ。高校卒業後に文化服装学院に入学し、学生時代からインターンとして働いた土屋鞄製造所にランドセル職人として就職。2016年に、KABAN商品企画課デザイナーに就任。