AI WATANABE

テキスタイルデザイナー
渡邉 愛

 

まだ見ぬ布を追い求めるテキスタイルデザイナー

 

文化服装学院の卒業生たちの現在を追う、“文化つながり”のインタビュー集「LINKS(リンクス)」。このたびお届けするのは、テキスタイルを生み出す作家活動を行なう渡邉 愛さんの世界。親が経営する会社の仕事を行いながら創造を模索する彼女。学生時代の作品と、新たに手掛ける植物染めのバッグをクローズアップ。

装苑2022年9月号に掲載

渡邉さんが紹介されたファッション誌「装苑」2022年9月号の誌面。
特集「クリエイターの脳内力」(文化出版局刊)。

クリエーションに敏感な装苑で紹介され、メディアからも活動が期待される渡邉さん。誌面に載った写真の人物が着ている服は、渡邉さんがつくった卒業制作のひとつ。オリジナルの布で全3体の服を仕立てたうちの代表的な一着だ。この卒業制作には彼女のモノづくりのエッセンスが詰まっている。

卒業制作のクリエーション

 

ふわふわの半透明の布を手仕事で突起状にして、優しいスキントーンで染め上げたオリジナルテキスタイル。

 

突起はひとつひとつ中に楊枝を入れ糸で縛り形をつくり、染料を注いで制作。

 

 

突起の芯に使った楊枝の数は約1万本!2ヶ月半ほど制作に費やした渾身の作品。

3体の作品は感情をともなう“表情”がテーマになっており、突起のあるこの作品は“怒り”。心が尖ったときのトゲトゲから着想されたデザインである。ただし布の風合いはとてもソフト。触れることではじめてわかる魅力だ。色も淡いパステルトーンで、近くで見ると満開の花畑のよう。作品性は強くても、日常生活とリンクする温もりがある。
「色のベースは自分の手のひらの色です。もともと柔らかい色が好きで。例えば横浜の中華街のような強烈な色は苦手なんです。ふだんから身の回りの色、自然界の色にヒントを得ることが多いですね」


そう語る渡邊さんが表情をテーマにしたのは、文化服装学院に入学する前に海外留学した体験に基づいている。
「海外に行き感情が豊かになり、顔が明るく柔らかくなったことを感じていました。海外生活では日本にいたときより自分を素直に出せたんです。文化の卒業制作ではほかにないテキスタイルをつくるべきと思い、その経験をもとにすることを考えました。そこで自分にとって大切な存在である感情の基本的な要素である喜び、悲しみ、怒りを表現することに」

 

最終の染め以前の突起状に縮めたテキスタイルをストールのように巻いて。元の生地は13メートルもの長さ。
卒業制作3体のうち球体の形の作品(下写真中央)に使った布。ファッションテキスタイル科の実習室にて。

 

卒業制作3体を友人たちに着てもらって撮影。

3体に使った染料や色は同じもの。生地の特性や染め方によってこれほどの違いが生まれている。布に色をつけるのは無限のバリエーションのあるクリエイティブな作業だ。

新発想の錆染めにもトライ

学校生活のなかで渡邉さんはさまざまな実験を行っている。次に紹介する伝統的な錆(サビ)染めの手法をモダンにアレンジした作品もそのひとつ。錆は雨に濡れた金属の表面にできる酸化(腐食)のことで、これを布に定着させるのが錆染めである。
「サビの濃淡で絵を描けないかと思いトライしたら成功しました。先生にも『上手くいったね』と褒めていただいた作品です」

 

スニーカーのひとつひとつが、錆の濃淡による墨絵的な図案。
錆染め生地で仕立てたワンピース。

 

一般的な錆染めの布見本。通常はこのように大きな面積での染めに使うところを、絵柄にしたのが渡邊さんのアイディア。

天然染めのオリジナルバッグ

 

学校を卒業してフリーランスで活動するいま、テキスタイルの新しい試みとしてつくりはじめたのがハンドバッグ。卒業前後はアパレルの世界から距離を置きテキスタイルづくりに専念した渡邉さんだが、活動するうちファッションのフィールドにもまた面白さを見出してきたようだ。
「2022年の今年からバッグを手づくりして合同販売イベントに参加するようになりました。生活のなかで使っていただけるテキスタイルです。実は一緒にイベント出展してノウハウも教えてくれているのが、タイから留学していた同級生の友人(記事末「LINKする卒業生」参照)。彼女は日本でモノづくりしていて、販売活動ではわたしより先輩です。彼女がいるからこそ、わたしもいろんなチャレンジができるのです」

 

オリジナルのテキスタイルを使ったブランド「LENOMADE(レノメイド)」。天然染めしたレースの上に樹脂加工をすることで独特なペタッとした手触りと硬さを生かし、バッグや帽子に応用している。写真は2点ともに天然の墨染め、コーヒー染めしたギャザーバッグ。

 

 

レノメイドの別型のバッグ。すべて図案が描かれた裏地を表側にしてリバーシブルで使えるデザイン。左からコーヒー、タマネギ、アボカド、タマネギで染められている。染料の濃度と色止めの媒染液を変えて仕上がりの色が調整されている。
左右ともにコーヒー染めながら、染め方法やコーティングの違いで異なる色合いに。

 

染色はデータに基づく化学的な研究分野。写真は渡邉さんが学校で使っていた装備品の染料や機材。

レノメイドとして渡邉さんは 今年7月に東京ビッグサイトで開催された「ハンドメイドインジャパンフェス2022」に出展した。次回の同フェスは23年1月の予定。彼女が次回も参加すれば、会場のブースで会えるかもしれない。

ファッションテキスタイル科は
自由なモノづくりの環境


「テキ科(ファッションテキスタイル科)での3年間は、学ぶというより自分がなにをつくりたいかを考え続けてました。その時間をもらえて、いいと思ったことは誰にも否定されない恵まれた環境でした」
渡邉さんは学生生活をそのように話す。東京の普通大学を卒業してからアメリカに語学留学し、帰国して新たに入学した文化服装学院は行動力のある彼女の資質によく合っていたようだ。さらに、
「留学生が多くて年齢のギャップもまったく感じず、快適に毎日を過ごせました」
ともいう。個性的な人たちに囲まれたことで、目指す方向性も見えてきたらしい。
「わたしは絵はあまり得意じゃなくて、そこで勝負してもダメだと感じていました。プリント図案でないテキスタイルづくりのアイディアが浮かび、異素材やほかの人がやらないことをやるようになっていきました」

懐かしの学び舎にて。

 テキスタイルを専攻できる美大と文化服装学院の大きな違いは、ここがファッションスクールということ。学内には常にファッションの雰囲気が漂い、ショップには布の反物がずらりと並んでいる。学生時代にロゴデザインを主張するハイブランドが苦手で一時はファッションのフィールドから離れた渡邉さんも、再びファッションに目を向けはじめた。一緒に学んだ仲間にも支えられつつ、彼女は新しいテキスタイルを活かせる道を日々探っている。

※2022年9月取材。


LINKする卒業生

・シリワタナナウィンピーティパット(ファッションテキスタイル科卒業)
ブルーストーンズ主催 
https://bluestones21.base.shop
www.instagram.com/bluestones.official

「樹脂を使った石のような雑貨をつくっているタイ出身の同級生。卒業後も日本でブランド運営をしています。わたしのイベント出展もサポートしてくれる大切な友人です」

記事制作・撮影(ポートレート/取材)
高橋 一史 ファッションメディア製作者/フォトグラファー
明治大学&文化服装学院(旧ファッション情報科)卒業。編集者がスタイリングも手がける文化出版局に入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き・撮影・ファッション周辺レポート・編集などを行う。

Instagram:kazushikazu

 

関連サイト

INTERVIEW

テキスタイルデザイナー
渡邉 愛(わたなべ・あい)
ファッションテキスタイル科 2021年卒業

1993年、東京出身。専修大学 経営学部卒業。アメリカ・サンフランシスコに語学留学。帰国後に文化服装学院に入学。卒業してフリーランスで作家活動をスタート。

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ファッション工科専攻科卒業

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