自身の仕立て店を持つ、
イギリス帰りの女性テーラー
文化服装学院の卒業生たちの現在を追う、“文化つながり”のインタビュー集「LINKS(リンクス)」。Vol.18の今回フィーチャーするのは、顧客のため世界に一着だけの服をつくり続ける森田 智さん。文化服装学院に通ううちにメンズウェアの仕立てに夢中になっていった彼女の、飽くなき探究心をご覧あれ!
テーラーという職業とは?
一般的にテーラーと呼ばれる仕事にも、オーダーメイド(注文服全般)とビスポーク(専門の職人が一着を縫い上げる)といった違いがある。それではなぜ世界的に仕立て職人のことをテーラーと呼ぶのだろうか?その疑問をイギリスのアトリエで縫う修行をした森田さんに尋ねてみた。
「たぶん一着一着を腕のある職人が縫わないと、ビスポーク(イギリスでのフルオーダーメイド服の名称)と呼べないからでしょう。縫う工程はとても長い時間を要するものです。ビスポークを名乗れるのはその体制を整えたアトリエだけですから、その仕事全般を指してテーラーと呼ばれるようになったのではないでしょうか」
現地を知る人ならではの説得力のある説である。
森田さんがやっている仕事は、分業制のイギリス流で考えるならカッター兼テーラーだ。顧客と話して服の方向性を決め、一緒に選んだ生地を裁断して自分で縫う。
「トラウザーズ(イギリス英語でパンツのこと)の本縫い以外は、ほぼひとりですべてこなします」
アトリエで日々過ごす時間もひとり。接客時や研修の見習いテーラーがいないときは、椅子に座って黙々と縫い続ける。孤独が苦手な人には不向きであっても、周囲の雑音に惑わされず根気強く打ち込みたい人には理想的な仕事環境だろう。
「普段は楽な格好で仕事してますよ。大好きな音楽を掛けながら」
森田さんは2019年に東京・平河町(半蔵門、永田町、麹町エリア)に自身の店「SHEETS」をオープン。気になる資本は、
「国から融資を受けました。SHEETS自体の活動は14年から行っており、ウェブサイトやSNSも運営し実績があったおかげで受けることができたのだと思います」
歩む道を自らの手で切り開くのが彼女の流儀だ。
文化からイギリスへの修行へ
高校時代の森田さんは、意外にもファッションデザイナーに憧れた学生だった。卒業し上京して文化服装学院に入学。アパレルデザイン科で学ぶうちに、衣服そのものへの探究心が増していった。
「服をつくるってどういうことだろう?とよく考えるようになりました。デザインをするにしても服の構造をより深く理解することが大切と感じ、 テーラリング(スーツ)を学ぶことのできるメンズコースに進みました。そのときはテーラーになるなんて想像もしてませんでした。イギリスにサヴィル・ロウという仕立て屋通りがあることさえ、メンズコースに入ってから知りましたし」
彼女がテーラーの道へ進むのに大きく影響した授業のワンシーンがある。それは教員がトルソーに着せた5、6着のスーツを見せ、「値段の高い服から順番に並べてみなさい」 と言ったとき。
「もうぜんぜんわかりませんでした。 仕方なくブランドタグを見て判断して並べたら正解だったのですが、 服をつくる側になろうとしているのにクオリティがわからない自分が悔しくて」
定型があるテーラードジャケットを見極められてこそプロ、そう考えた森田さんが目指したのは世界最高の仕立てエリアとして名高いイギリスのサヴィル・ロウ。王室関係者、政治家、銀行員などを顧客に持つ一流店のうち、日本でも名が知られる「キルガー」で研修するため卒業後にひとり渡英した。
「在学中に特別講師の先生に紹介していただき、サヴィル・ロウのリチャード・ジェームズが日本で開催した展示会に行きました。彼らのつてでキルガーに行けることに」
修行は「ハ刺し」(襟裏の表地と芯地の縫い合わせ)から始まり、森田さんは約2年間キルガーの地下にあるアトリエなどで縫い続けた。文化服装学院で身につけた縫製技術の基礎が、サヴィル・ロウでも通用した。 しかし見習いの期間はなんと無給。ほかに働ける環境もなく、日本にいる親からの仕送りに頼って生活した。
「ロンドンは物価も高く、交通費や家賃を除くと切り詰めた生活を続ける必要がありました 。ですがその生活も楽しかったので、休日の土曜日もアトリエに行きひとりで縫っていました」 」
職場では世界各国からやってきた人種や性別も様々なテーラーが働き、メンズウェア業界でも女性であることを意識することなく日々を過ごせた。アトリエは音楽が流れる和やかムード。ここで森田さんは、居心地のいい働く環境についても多くを学んでいる。
「仕事中に誰かが突然、楽器を演奏しはじめてしまうようなアトリエでした。土曜日に好きな音楽を掛けてひとりで縫う時間も好きで、この働き方が自分に合うことに気づいた経験です」
サヴィル・ロウ技術協会より修了証を受け、 数ヶ月間フリーランスのテーラーを経験し、 海外渡航のビザが切れた2年をめどに帰国。 テーラー「ブルーシアーズ」 のアトリエを間借りする形で仕事をはじめ、 その後に独立したアトリエを構えた。
SNSでずっと続く文化つながり
アトリエに飾られた上の刺繍作品を手掛けたのは、双子の刺繍ユニット「kendai」。ふたりとも森田さんと同時期に文化服装学院に在籍していた。
「同じクラスになったことはないのですが、共通の友人が沢山いて。そんなゆるい距離感でも会えば話すし、お互いインスタをフォローしていたんです。 こうしたつながりが文化生にはたくさんあって。文化生の友人にはなんとなく、お互いのことを応援する気持ちがあると思います。 ふとしたとき、そのつながりに助けられることがあります。このたび刺繍をkendaiさんにお願いしたのもつながりがあったから。 わたしのアトリエの名称『SHEETS』はルーブル美術館所蔵の彫刻『眠れるヘルマプロディートス』から名付けたもので、マットレスに寝たヘルマプロディトス(両性具有の女神)にシーツが掛かった作品です。『服とはこういうもの』と感じたことから店の名にしたのですが、これをモチーフにしたkendaiさんの刺繍はマットレスが蛇に変えられたデザインで、とても気に入っています」
ゆるい関わりを保ち続け、互いを支え合う関係性、それが“文化つながり”なのだろう。
取材後記
アトリエを運営するテーラーには、スーツ1着で30万円を越える注文をする富裕層を相手にする接客能力や責任能力も必要だろう。1ヶ月でわずか数着しか縫えない手間が掛かる作業に没頭する集中力も問われそうだ。森田さんの話を聞くうちに、日々学んで積み重ねることがスキルアップの近道なことを実感させられた。学校で得たことからプロになった現在までの経験がシームレスにつながっている。学生時代にまだ先が見えなくても、真剣な追求心さえあれば幸せと思える将来を得られるのかもしれない。
※2023年1月取材。
LINKする卒業生 ・雨貝春佳(アパレルデザイン科メンズコース卒業) ジェラート ピケ(マッシュスタイルラボ)企画 https://mashgroup.jp/ 「日常的によくやり取りしてる同級生です。偶然にも彼女が勤めている会社がSHEETSの近くにあります」 ・kendai(アパレルデザイン科、アパレル技術科卒業) 刺繍ユニット www.ken-dai.com 「刺繍作品をつくっていただいた、学生時代からつながりのあるお二人です」 |
記事制作・撮影
高橋 一史 フォトグラファー/編集ライター
明治大学&文化服装学院(旧ファッション情報科)卒業。編集者がスタイリングも手がける文化出版局に入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。撮影・文章書き・ファッション周辺レポート・編集などを行う。
Instagram:kazushikazu
関連サイト
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SHEETSの公式インスタグラム。https://www.instagram.com/sheets.studio/
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SHEETSの公式サイト。http://sheets-studio.com
INTERVIEW
ビスポークテーラー
SHEETS
森田 智(もりた・とも)
アパレルデザイン科メンズデザインコース 2011年卒業
1990年、高知出身。高校卒業後に文化服装学院に入学。卒業年に渡英し、仕立て店が軒を連ねるサヴィル・ロウ通りの「キルガー」で縫製を修行。2014年、オーダーメイド洋服・デザインスタジオSHEETSを設立。19年、リアル店舗&アトリエの「SHEETS」をオープン。
NEXT
次回のVol.19は、学生時代からニット一筋でニットデザイナーとして活躍する宮川里絵(みやがわ・りえ)さん。会社勤めから独立して自身のブランド「SMEILE(スメイル)」も手掛ける人生のプロセスをレポート。
INTERVIEW
ビスポークテーラー
SHEETS
森田 智(もりた・とも)
アパレルデザイン科メンズデザインコース 2011年卒業
1990年、高知出身。高校卒業後に文化服装学院に入学。卒業年に渡英し、仕立て店が軒を連ねるサヴィル・ロウ通りの「キルガー」で縫製を修行。2014年、オーダーメイド洋服・デザインスタジオSHEETSを設立。19年、リアル店舗&アトリエの「SHEETS」をオープン。