肩書は「3Dファッションスペシャリスト」
デジタルでアパレルメーカーをサポート
韓国出身のイ ジェヨン(以下、ジェヨン)さんは、2023年に自身の会社「VGlab」を日本で設立。デジタルソリューションでアパレル企業をサポートしはじめた。デザインから販売まで効率を大幅にアップさせる立体的(3D)なワークフローの提案。そんなジェヨンさんが自称する肩書は「3Dファッションスペシャリスト」。彼が語ったデジタルが実現させる未来を見ていこう!
服づくりチーム全員がイメージを共有
3Dのコンピューターグラフィック(CG)が活きる代表例が、商品制作と販売。生地を裁断して縫う現物のサンプルをつくらず、パソコンやスマホでチーム全員がイメージを共有するやり方だ。
上図案で左端のデザイン画は、デザイナーが描いたアナログなもの。右側3点が絵をデジタル化し、色や生地を足してリアルに仕上げたもの。この作業で活躍するのがジェヨンさんである。
「使うアプリ『CLO3D(クロ スリーディー)』は韓国の企業が開発したものです。高価で使うスキルのある人も限られ、コロナ禍がはじまった時期から日本のアパレル業界にも導入する企業が増え続けています。主に同アプリを用いてアパレルメーカーの業務を請け負ったりアドバイスしたり、3Dファッション全般をサポートするのが弊社『VGlab』の主な業務です」
このアプリは個人ユーザーに限り月ごとに50ドル(7千円強)で、学生だと月25ドル(約4千円)(ともに2023年8月末現在のドル相場)。企業ユーザーの価格は非公開である。学生ならこのプロ用アプリを格安で使える。年間に約4万2千円必要になるが、卒業して手に職をつけられる勉強料と考えればムダにはならないはず。文化服装学院では来年度から、3Dモデリストに必要なスキルを専門的に学ぶことを目的に同アプリの勉強も含めた「アパレル技術科バーチャルファッションコース」が新設される。しっかりと習得できるいい場になるだろう。
一般的な服づくりの工程は、「デザイン→生地制作→パターン→サンプル縫製→サンプルチェック・修正→再度サンプルチェック→EC販売用の商品撮影→工場生産」といった流れ。丁寧につくるなら数ヶ月以上かかる長丁場である。高価な服にはこの人件費、流通コスト、サンプル製造費らが上乗せされている。デジタルに移行すれば、「つくってみないと判断できない」という余計な工程が消えてコストダウンできる。作業期間も大幅に短縮。CGモデルに着せれば、人が着用した姿をチーム全員が眺められる。3Dだから角度を変えて細かくチェックすることも可能だ。ネットを通じて世界各地の工場ともシェアでき、タイムラグがゼロになる。完成図がはっきりすることで、全員がやるべきことをクリアにできるのがデジタル革命だ。
商品イメージをいちどつくれば、EC販売にまで使い回せるのも大きなメリット。ファッション撮影に近いビジュアルもつくれる。実際の服を工場で縫っている間にECサイトを構築すれば、完成した製品をすぐ販売できる。ただしファッションはゲームのアバターが着るヴァーチャルな世界ではない。物質感のある現実のものだ。生地の風合いや落ち感、歩いてなびく美しさ、立ったり座ったりの動作、縫い合わせ箇所の耐久性といった検証も必須。そこで文化服装学院で学んだジェヨンさんのアナログなセンスが活きてくる。
「僕は服のパターンも縫製も学んでいます。服の構造を知っているのが一般のデジタル専門家との違いでしょう」
生地を裁断して縫製する工程も計算できるのが彼の強み。CLO3Dに加えて写真、イラスト、映像などの専門アプリも多数駆使してスキルアップしている。
クリーンなオフィスでパソコン作業
少人数で働くVGlabのオフィスは、東京・西新宿のビルの一室。目につく機材は、映像編集でよく使われる横長モニタ、パソコン、3Dプリンター数台。さらに床にはなにやら不思議な撮影機材が置かれている。
「これは布を撮影するスキャン機材で、3Dプリンタで自作したもの。全方向から光を当て3Dで使いやすい凹凸の影のないデータを入手できます」
市販品もあるようだが、自作するのがジェヨンさんらしい発想だ。
VGlabの業務の3本柱は、「アパレル企業のコンサルタント」「アウトソーシング(業務委託)」「デジタルコンテンツ製造」。アドバイスだけのケースもあれば作業を請け負うこともある。こうしたVGlab設立のきっかけにもなった重要なクライアントが、ファッションブランドのアンリアレイジだ。
リアルとヴァーチャルを行き来するアンリアレイジ
ヴァーチャルと現実を行き来するコンセプチュアルなアンリアレイジの服には、進化した最新テクノロジーが息づく。その一方で手仕事による布のパッチワークも、ブランドの大切なアイデンティティだ。“ローテク”と“ハイテク”の両軸にまたがるパートナーとして、服を知るジェヨンさんが適任だったのだろう。
「最初にアンリアレイジの森永邦彦デザイナーとお仕事させていただいたのは、2021年春夏の『HOME(ホーム)』コレクションです。それから現在までご一緒しています。専門的なファッション用語でお互いに話ができ、スムーズにやり取りできたことがいい結果につながったのかもしれません」
アンリアレイジの服には、ヴァーチャル世界から抜け出てきたデザインもある。これを実現させるためにジェヨンさんは服づくりの工程(縫製、パターン)もイチから森永さんと考えていった。工場に製造発注する仕様書まで視野に入れた作業。ここまでやれるのがジェヨンさんの独自スキルだ。ただしデジタルが完璧でないことも彼は口にする。
「実物の服にはやはり、モニタ上ではわからない空気があるものです。デジタルですべてができるのではありません。でも少なくとも作業工程のなかでのジャッジポイントには使えます。よりよい服づくりに役立つのは確かだと信じています」
文化の教員を5年間勤めて独立
ジェヨンさんと会話すると、日本生まれと錯覚してしまうほど言葉の扱いも発音も巧みだ。ITやビジネス業界でよく使われるカタカナ用語もお手のもの。だが彼は韓国生まれで、大学まで自国で生活していた。日本への興味から留学を決め、そのとき選んだテーマがファション分野。最初からファッションを目指していたのではないらしい。
「実家が生地関係の会社を経営してまして、モノづくりは昔から好きでした。でもファッションを仕事にしようとは思ってなかったです。日本への興味を深めたのは、1980~90年代の日本のテレビドラマ。留学先をちゃんと学べる場にしたくて文化服装学院に決めました。コースは4年制の高度専門士科です。各大学の大学院に入れる資格を得られることが選んだ理由です」
このまま日本で働くことを決意した卒業間近の頃にクラス担任の勧めで教員資格を取り、その後に副主任を5年間勤めた。外国籍で教員採用された異例のケースだ。この間にデジタルテクノロジーに出会った。
「アプリのCLO3Dを使い、『こんなに簡単に服の形にできるんだ!』と感動しました。僕は学生の頃から縫う作業は大好きなのですが、パターンづくりは手間に思っていました。その問題を解決するツールを知って夢中になったんです。しかし教員を辞めてもまだデジタルを本職にする道筋がついていませんでした。会社設立にまで至ったきっかけは、知り会い(高度専門士科の同級生 現在、COGNOMEN デザイナーの大江さん)の紹介でお仕事させていただいたアンリアレイジの森永さんとの関わりです」
常に挑戦し続ける森永さんのリクエストに応えるべく、自身のスキルも磨いてきたジェヨンさん。自信がついたからこその本格始動だ。「マナーがよくて清潔で大好きな国」という日本を拠点にして、アパレルをサポートするやり方を日々模索している。
※2023年8月取材
LINKする卒業生 ・イン チソン(服装科、文化ファッション大学院大学卒業) IHNN デザイナー www.ihnn-design.com ・パク ミンソ(服装科、文化ファッション大学院大学卒業) MAR.03 デザイナー www.mar-03.com/ 「おふたりとも卒業後に仲良くなった人たち。インさんは15年にファッションブランド『IHNN』を、パクさんは22年にジュエリーの『MAR.03』を立ち上げています。仕事でもプライベートでも尊敬できる兄さんたちです」 ・大江マイケル仁(ファッション高度専門士科卒業) COGNOMEN デザイナー www.instagram.com/cognomen_official/ 「4年間同じクラスだった同級生。20年より自身のブランド『COGNOMEN』をスタートしました。アンリアレイジの森永さんを紹介してくれた友だちです」 |
記事制作・撮影
一史 フォトグラファー/編集ライター
明治大学&文化服装学院(旧ファッション情報科)卒業。編集者がスタイリングも手がける文化出版局に入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。撮影・文章書き・ファッション周辺レポート・編集などを行う。
Instagram:kazushikazu
関連サイト
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VGlab公式サイト。https://www.vglab.jp
INTERVIEW
3Dファッションスペシャリスト
イ ジェヨン(李 在龍)
ファッション工科専門課程 ファッション高度専門士科 2015年卒業
1987年、韓国出身。自国での大学進学や兵役などを経て、文化服装学院に留学。卒業後に教員として5年間勤務して退職。教員時代に独学で得たデジタルのスキルを活かし、CL03D、Marvelous Designerを中心に3DCGを駆使し、アパレルブランドのDX改善サポートやデジタルコンテンツ制作などを手掛ける会社「VGlab」を設立。
NEXT
次回のVol.26は文化を卒業して下北沢の個性派古着店「フロクシノーシナイヒリピリフィケーション」で働くカイトさん。デザイナーズアーカイブを扱う注目の業態に身を置く21歳のデイリーライフとは!?
INTERVIEW
3Dファッションスペシャリスト
イ ジェヨン(李 在龍)
ファッション工科専門課程 ファッション高度専門士科 2015年卒業
1987年、韓国出身。自国での大学進学や兵役などを経て、文化服装学院に留学。卒業後に教員として5年間勤務して退職。教員時代に独学で得たデジタルのスキルを活かし、CL03D、Marvelous Designerを中心に3DCGを駆使し、アパレルブランドのDX改善サポートやデジタルコンテンツ制作などを手掛ける会社「VGlab」を設立。