思いを込めてアウトドアウェアを
修繕する工房のメンバー
パタゴニアは社会意識の高さで業界屈指の存在感を放つアウトドアブランド。愛用者から依頼された品を修理する日本支社の「リペアサービス」に勤めるのが佐藤美月さん。持ち主の熱い思いが詰まった使い込まれたアイテムは、世界にひとつだけの一点モノ。大切な宝物に手を加えていく佐藤さんたちのリペア現場を訪問した。
由比ヶ浜の海岸まで徒歩7分
空気のきれいな職場
神奈川県・鎌倉にあるリペアセンターは心地いいロケーションにある。最寄りは鎌倉駅で、すぐ近くには由比ヶ浜の海岸が広がる。アウトドアが好きな人には理想的な職場環境だろう。
工房に足を踏み入れるとずらりとミシンが並ぶ光景に圧倒される。布、パーツ、糸も山積みされ、本格的な縫製工場クラスの設備が整っている。
工房では常時約20人ほどがシフト制で作業。縫う人、検品する人、届いた品が修理可能か判断する人など役割はさまざま。佐藤さんはテクニカル・ソーイングチームのリーダーを務めている。また、チームの納期や生産性を管理するテクニカルオペレーションを担当し、修理品の進捗状況を把握してチーム運営にも貢献。紳士服の縫製工場に勤めていた佐藤さんがリペアサービスに転職したのは2020年2月のこと。縫う腕を磨いてこの職場にやってきた。
「もともと物づくりが好きで文化に入学し、服飾の技術や知識を学んでいくうちに服を直すことでその人の人生に寄り添う働き方をしたいと思うようになりました。最初に就職したのはウール素材を軸にした縫製工場。アウトドアウェアは化繊で縫製仕様もまったく異なります。新しいことに挑戦したくなって転職することに」
そう話す佐藤さんが以前に働いていた職場は神奈川県・平塚にあった。パタゴニアのリペアセンターも彼女の地元にほど近いエリアにある。通勤しやすく快適に働けることも転職を後押ししたようだ。
パタゴニアがこれほど規模の大きな修理工房を設けているのは、製品を長く愛用したい人が多いから。現場のリペアスタッフは、一人ひとりの思いを汲み取りながら真摯に向き合っている。
「パタゴニアの製品は野外の過酷な状況で着られます。服にその人なりの着る特徴が表れるものです。わたしたちはお客様がどのようなシーンで着ていたか、どのような点に思い入れがあるのか、どう直せばお客様が満足してくださるのかを考えて作業しています」
オーダーメイドの服を仕立てるのに等しい姿勢で臨むことは、仕事のやりがいにもつながっているようだ。
「リペアスタッフはお客様と直接やり取りすることはありません。でも思い入れを綴ったお手紙つきで修理される方もいて、わたしたちも拝見させていただいています。修理品を受け取った店頭スタッフから、『お客様はこのような気持ちで修理を依頼されました』と伝えられることもあります。わたしたちはその言葉の先にある思いや情熱を理解しようと努めながら修理しているのです。年配の方で『息子が初任給で買ってくれた服だから』とジャケットを直された方がいました。『ヒマラヤのレースに出場したとき穿いたランショーツです』という方や、『緊急医療で胸部が切り開かれたシャツをまた着たい』という方も。修理したあとにお客様からお礼のお手紙をいただくこともあります。この仕事をして本当によかったと感じる瞬間です」
アウトドアウェアの修理の難しさ
カジュアル衣料のアウトドアウェアは修理が簡単、そのように思っている人はいますぐ考えを改めよう。野外で命を守るために研究開発された服は、構造が複雑で日々進化している。同じモデルでも新型にリニューアルされただけでパターンも縫製仕様も大幅に変わることが珍しくない。数10年前の旧式の服だと現在と仕様がまったく異なることも。素材やパーツも特殊で、街の生地屋さんで手に入るようなモノではないから集めるのもたいへんだ。
リペアスタッフは修理する服の研究から仕事をはじめる。工房内には分解されたサンプル服などがたくさん並んでいる。研究熱心な人が向く仕事なのかもしれない。佐藤さんいわく、
「どこからアクセスすればいいのだろう?これは直せないんじゃないか?構造が複雑すぎる……そんなときこそワクワクします(笑)」
キャリア20年の人もいるリペアサービスでは皆が似た気持ちでポジティブに働いているようだ。
「修理を通してお客様の顔が見えてきます。パタゴニアのリペアサービスは、血の通った仕事ができる職場です」
そう語る佐藤さんをはじめスタッフたちがイキイキと働く様子を眺めていると、この言葉が確かな説得力を持って響いてくる。
職場でも文化つながり
縫製チームのメンバーの高橋亜里紗さんは、佐藤さんと同じ文化服装学院の卒業生。ファッション工科専門課程 アパレルデザイン科 メンズデザインコースの出身だ。
高橋さんがリペアサービスセンターに勤めるようになった決め手は、暮らす家と職場との距離が近かったこと。
「結婚を期に仕事から離れていたのですが、夫と暮らす鎌倉の近くにいい仕事先があることを知り応募して採用されました」
夕方16時までの勤務体制で働く、4人の子持ちマザー。社員の事情に応じた働きやすい環境を用意するのがパタゴニアの社風なのだろう。
海に入るウェットスーツから
旅行用トランクの修理まで
パタゴニア日本支社の修理は現在、この鎌倉のリペアセンターに集約されている。修理品はバッグやウェットスーツなど多岐に渡り、そのほぼすべてに対応する設備が整えられている。
ウェットスーツの修理部門が設けられたのが約3年前のこと。増えてきた修理依頼に対応すべく誕生したセクションだ。環境に配慮した天然ラバー・ユーレックスを使用したウェットスーツの擦り切れた箇所や破れた箇所を直していく。防水性も欠かせないため、生地を貫通させない特殊な「すくいミシン」や接着剤を使って補修する。ガレージのような空間で専任スタッフが担当している。
「ウェットスーツは一般的なミシン縫製の技術では直せないジャンルです。リペアサービスセンターにはほかにも旅行用トランクの車輪取り変えといったバッグの担当スタッフもいて、あらゆる製品に対応しています」
作業中は静かにミシンに向かうスタッフたちも、必要なときは声を掛け合う。構造が複雑なアウトドアウェアは、得意な人に相談するのが仕事のコツのようだ。
「皆それぞれ得意分野があります。わたしならパイピング処理やダウンウエアが好きな分野ですね。直しの作業中にも必要なことを得意な人に尋ねればスムーズに作業が進みます」
地球に優しく服と向き合うこと
リペアサービスセンターに勤める人は自然界が好きなことで共通しているらしい。
「わたしは勤めだしてから環境意識が変わりました。生物へのマイクロプラスティックの影響なども学びましたし、地球の救い方も考えるようになって。職場でも余った素材を無駄にせずリサイクルしています。小さく切り取り回収して、使えるものはまた使う。服を大切に長く着ることも、資源を無駄にしないことにつながるのです。捨てるという選択肢をなくすことが、わたしたちが目指している目標です」
服装は人が人であるための大切なカルチャー。新しいファッションの創造は価値のある活動だ。ただしその一方で、すぐに姿を消す消費される服が地球に負担を掛けていることに多くの人が気づいている。新しい服と共存する長く着られる服をサポートするリペアこそ、いま社会で必要とされる重要な仕事に違いない。
※2024年9月取材
LINKする卒業生 ・神澤良輔 パタゴニア日本支社 マーケティング Ⅱ部服装科卒業 ・城代英恵 パタゴニア日本支社 リペアサービス Ⅱ部服装科卒業 「ふたりとも同じ組織で働く文化つながりです。パタゴニアにはファッション専門学校の卒業生がたくさんいて、文化率が高いように感じています」 |
記事制作・撮影
一史 フォトグラファー/編集ライター
明治大学&文化服装学院(旧ファッション情報科)卒業。編集者がスタイリングも手がける文化出版局に入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。撮影・文章書き・ファッション周辺レポート・編集などを行う。
Instagram:kazushikazu
関連サイト
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パタゴニア日本支社の公式サイト。https://www.patagonia.jp/home/
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パタゴニア日本支社の公式インスタグラムhttps://www.instagram.com/patagoniajp/
INTERVIEW
パタゴニア日本支社
リペアサービス勤務
佐藤美月(さとう・みづき)
服装科 2013年卒業
1992年生まれ。神奈川県出身。工業高校を卒業して文化服装学院に進学。鎌倉の地元より片道約2時間の距離を通学。卒業後に紳士服の縫製工場に就職。新たなジャンルに挑戦すべく2020年にパタゴニアのリペアサービスに転職。
NEXT
次回のVol.39は、自身のブランドobjcts.io(オブジェクツアイオー)を立ち上げて日本発のスタイリッシュなバッグづくりに挑む角森智至さん。世界レベルのデザインとクオリティを生み出す秘訣とは!?
INTERVIEW
パタゴニア日本支社
リペアサービス勤務
佐藤美月(さとう・みづき)
服装科 2013年卒業
1992年生まれ。神奈川県出身。工業高校を卒業して文化服装学院に進学。鎌倉の地元より片道約2時間の距離を通学。卒業後に紳士服の縫製工場に就職。新たなジャンルに挑戦すべく2020年にパタゴニアのリペアサービスに転職。