MOMOKA SATO/FU MIYAZAKI

EUCHRONIA
デザイナー
佐藤百華/宮崎 風


ふたりで形づくる、
レースの新世界


思い出や経験をつむぐように時間を掛け、編んで織っていくレース。佐藤百華さん(上写真右)と宮崎 風さん(左)が立ち上げたユークロニア(EUCHRONIA)には、身体と心を包む素材の優しさと、モードのスタイリッシュな空気とが共存している。2025年春夏から本格展開をはじめたこのブランドが表現するコンセプチュアルな世界とは?


15型の濃密なコレクション

25年春夏コレクションより。

レースは素朴でふわりと甘いもの。そう思う人がユークロニアの服を手に取ると驚くかもしれない。儚さやファンタジーさのなかに、凛とした強さがあるからだ。海外モードのように自立した大人女性にふさわしい服。“かわいい”少女趣味とは異なる表現。アントワープのデザイナーズなどと組ませてもしっくりと馴染む存在感だ。このグローバルなファッション感覚は、デザインを手掛ける佐藤さんと宮崎さんの経歴を知ると納得がいく。
「文化を卒業して勤めた会社はセレクトショップを数多く展開している大手アパレル企業です。服の商品企画を2年半ほど経験しました」(佐藤)
「最初の就職先は大手アパレル企業です。わたしも商品企画を担当しました」(宮崎)

25年春夏コレクションより。

ふたりとも大手に就職して、幅広いターゲット層を想定した服づくりを行ってきた。さらにふたりが共通するのは、イギリスへの留学経験があること。佐藤さんは神戸ファッションコンテストでの受賞をきっかけに渡英してノッティンガム芸術大学に通い、宮崎さんも半年ほどセントラル・セント・マーチンズ美術学校に通った。文化服装学院で培った技術に加えて、世界基準のデザイン発想を身につけてきた。ふたりが生み出すユークロニアのデザインに、現代を生きるボーダーレスな女性たちの姿がオーバーラップする。

ショールームにて。


その一方で歴史的に家庭でつくられてきたレースの位置づけも、ユークロニアが大切にしている要素のようだ。佐藤さんは「いつかレース教室を開きたい」と口にする。
「わたし自身もレース教室に行くのですが、お年寄りの方々が世間話しながら編んでいる様子がすごく好きで。1点ものをつくれるレースだからこそ生まれるコミュニティがあると感じています。将来的に人が集まるワークショップを開き、意見交換できる場をつくれたらいいですね」(佐藤)
ユークロニアはファションブランドの枠組みを越えた、レース文化の貢献者になっていくのかもしれない。

文化で出逢ったふたり

25年春夏コレクションより。


佐藤さんと宮崎さんは現在、互いに別の会社でファッション企画を行っている。週の大半は本業に従事して、ユークロニアの活動は週1、及び土日だけに定めている。互いに就職してからも「ふたりでブランドをつくりたい」という想いは消えず、少しずつ形にしてきた。
「いまはまだ本業で働いており、当面の間はこのまま続けていくつもりです。でも長い目で見ていつかはユークロニアだけで活動できたらと願っています」(宮崎)

グラフィカルなレース使い。


ふたりの出逢いは文化の1年生のとき。友人を介して知り合ったこの出逢いの瞬間には、のちの仲の良さに繋がるユニークなエピソードがある。そのときの様子は以下の通り。
「はじめて顔を合わせたとき、ふたりとも同じパンツを穿いてたんです。それもユニクロのギンガムチェックのパンツを。色も水色でまったく一緒(笑)。あまり被らない服なのに一致する似通った趣味の持ち主なことに驚きました」(佐藤)
その反面で性格は異なり、それが互いを支えるいい温度につながっているらしい。
「わたしは猪突猛進タイプで、宮崎さんは石橋を叩いて渡るタイプ」(佐藤)
「ニット科を選んだ理由は、就職率の高さと手に職をつけるのにニットが最適と思ったからです。大手アパレルに就職したのも自分の堅実な性格が影響したのだと思います」(宮崎)
それでも宮崎さんは退職してから、小規模な会社に仕事の舞台を移している。将来を見据えて計算する性質と、新しい道に進む行動力とを併せ持つ人なのだろう。

25年春夏コレクションより。レース自体をシアー生地の服に封じ込め、時を止めたデザイン。

仕事を掛け持ちながら
ユークロニアをスタート

25年春夏ルックより。


ユークロニアのコンセプトを最初に考案したのは佐藤さんだ。彼女が宮崎さんにブランドの立ち上げを持ちかけた。
「2023年の1月に宮崎さんに連絡してカフェに来てもらいました。そこで突然のブランド設立のプレゼン。『一緒にやるのを断られたらどうしよう』と思ってすごく緊張してました」(佐藤)
「緊張のあまり泣いてたよね(笑)」(宮崎)
もちろん宮崎さんもOKして、ブランド構想がはじまった。宮崎さんの専門であるニット編みと、布帛に強い佐藤さんの得意分野を合致させたレースをコンセプトに。

25年春夏ルックより。


ユークロニアとは「時間のない国」の意味で、ユートピアにも通じる架空の国のこと。英語のuchroniaの頭にeをつけてEUCHRONIAと命名。西洋では先祖代々受け継がれることもあるレースを記憶を封じ込める媒体と考えて、人々の記憶とリンクさせるブランドを考案。佐藤さんと宮崎さんも同じさまざまな記憶をシェアしている。服にすればその記憶を時が止まった永遠のものにできる。ブランドがコミュニティ化していけば、より多くの人の経験や想いが加わっていく。
「25年春夏コレクションよりパリやニューヨークで展示会も開き、セレクトショップへの卸しをはじめました。これまでのシーズンレス発想だけでなくシーズンごとに新作をつくっていくことも考えています。お店と深いつながりができたらと望んでいます」(佐藤、宮崎)
ビジネスとしても成り立つブランドの実現へ大きく歩みを進めている。

記憶を封じ込めるアートプロジェクト


ユークロニアをスタートさせた直後に、佐藤さんと宮崎さんはアート領域に踏み込むコンセプチュアルな活動に着手。人の記憶をレースにする1点ものの服づくりである。

プロジェクトで制作したトップス。
プロジェクトに参加したイラストレーター中村桃子さんが着た様子。
中村さんの自宅にて。


深い記憶を持つ人に出逢い、思い出話を聞きながらその人のための服を考えていった。ここにご紹介する人物は参加者のひとりであるイラストレーターの中村桃子さん。母親もイラストレーターで、お洒落な祖母と仲良し三姉妹のような日々を過ごしていた。その祖母が他界したとき、母親と一緒に棺に絵を描き見送ったそうだ。その3人の人物を服の3パーツに見立て、揃いで着られる3点を考案。それはビスチェのようなニットトップス、腕を覆うアームカバー、ロングスカート。
「中村さんの話を伺い、彼女の一家を三位一体と感じました。一家にふさわしいレースにする花はなにがいいか調べていったとき、ギリシャ神話でチューリップが三位一体の意味を持つことを知りました。そのチューリップを編み柄にしたレースの服を3着つくり、中村さんにお渡ししました。単体で着ていただいてもいいですし、揃いで身につければ家族と過ごした記憶を思い出していただけるかもしれません」(佐藤、宮崎)

ITS受賞で海外へと広がるつながり

本業終わりの夜遅くにショールームにて。

佐藤さんの母親は文化の卒業生。宮崎さんの母親は美術教師。幼い頃から美的なものに囲まれた生活環境だったのだろう。このふたりが文化で出逢い深いつながりが生まれた。
佐藤さんは23年に世界の新人デザイナーをサポートする「ITS」のファッション部門大賞を受賞。特典としてイタリア研修で工場に行ったり、バレンシアガのデムナ・ヴァザリアとリモート会談。多くの収穫を得たようだ。
「世界からやってきた受賞者たちと知り合えたことも嬉しかったです。いまも皆の活躍などを知ると励みになっています」(佐藤)
グローバルなファッション感覚のユークロニアは、世界に通用するポテンシャルを秘めている。海外展示会も繰り返すうちにレギュラーの取扱店が決まっていくだろう。心に響かせる彼女たちのデザインに魅了される人が増えていくに違いない。学生時代からはじまったふたりが分かち合う“記憶”は、どこまで広がっていくのだろうか。

※2024年12月取材


LINKする卒業生


・今福幸奈
ファッション流通科スタイリストコース卒業
スタイリスト
www.instagram.com/yukinaimafuku/

「ふたりが共通する親しい友人です。文化祭の係が一緒で知り合いました。仕事でも関わりがあり、ユークロニアをリースして人に着せたり紹介してくれています」(佐藤、宮崎)

記事制作・撮影(取材)
一史  フォトグラファー/編集ライター
明治大学&文化服装学院(旧ファッション情報科)卒業。編集者がスタイリングも手がける文化出版局に入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。撮影・文章書き・ファッション周辺レポート・編集などを行う。

Instagram:kazushikazu

関連サイト

INTERVIEW

ユークロニア
デザイナー

佐藤百華(さとう・ももか)
ファッション工科専門課程 ファッション高度専門士科 2017年卒業

千葉出身。文化の卒業生だった母親の元で育ち、服づくりに興味を持ち高校卒業後に文化へ。卒業後、大手アパレル企業にデザイナーとして就職。退社してイギリスの芸術大学へ留学。2023年にユークロニアをスタート。24年に「ITS」を受賞。

宮崎 風(みやざき・ふう)
ファッション工科専門課程 ニットデザイン科 2016年卒業

神奈川出身。美術教師の母親のいる家庭でデザイン系の高校に通い、服づくりへの関心を深める。文化を卒業後、大手アパレル企業にデザイナーとして就職。イギリスの芸術大学への留学などを経て、現在セレクトショップのオリジナル企画を担当。23年に佐藤さんとともにユークロニアをスタート。

NEXT

Vol.041

トム ワークス
デザイナー
小松美優/シマジリサトシ

服飾専攻科オートクチュール専攻卒業(小松)/服飾専攻科デザイン専攻卒業(シマジリ)

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佐藤百華(さとう・ももか)
ファッション工科専門課程 ファッション高度専門士科 2017年卒業

千葉出身。文化の卒業生だった母親の元で育ち、服づくりに興味を持ち高校卒業後に文化へ。卒業後、大手アパレル企業にデザイナーとして就職。退社してイギリスの芸術大学へ留学。2023年にユークロニアをスタート。24年に「ITS」を受賞。

宮崎 風(みやざき・ふう)
ファッション工科専門課程 ニットデザイン科 2016年卒業

神奈川出身。美術教師の母親のいる家庭でデザイン系の高校に通い、服づくりへの関心を深める。文化を卒業後、大手アパレル企業にデザイナーとして就職。イギリスの芸術大学への留学などを経て、現在セレクトショップのオリジナル企画を担当。23年に佐藤さんとともにユークロニアをスタート。

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小松美優/シマジリサトシ

服飾専攻科オートクチュール専攻卒業(小松)/服飾専攻科デザイン専攻卒業(シマジリ)