アメリカの大学も頼りにする、
クラシックアウトドアの専門家

日本を代表するアメリカントラッド、ワーク、ミリタリーのショップ及びレーベルのビームス プラスでチーフバイヤーを担う金子茂さん。1970年代前後までのクラシックアウトドアを追い続けるスペシャリストでもある。アメリカの大学とも研究成果をシェアするほどの権威になった金子さんの近況をここにお届けする。
パーソナルブック『OUTDOOR EXPEDITION BOOK 99』

全クラシックアウトドアファンが歓喜する待望の専門書を金子さんが執筆。2025年3月に世界文化社より発刊されたこの本『OUTDOOR EXPEDITION BOOK 99』は、豊富な写真によるカタログ図鑑。アメリカ・ユタ州立大学の図書館にある「世界最高峰のアウトドア資料室」とも言われる研究室の訪問を含む99のトピックが掲載されている。

ユタ州立大学について、金子さんが次のように語った。
「世界で初めてアウトドアの服やギアに関する学科を設けた大学です。現存するアウトドアメーカーと一緒に研究に取り組んでいるのが素晴らしい。学生は開発現場の人たちと直接関われますから。メーカーにとっても若い人たちの意見を聞けるいい機会になっているようです。こうして学生たちがアウトドアメーカーに就職していき、アウトドア人口が広がっていくのです」
本に掲載されたアイテムは、ほぼすべて金子さんの収蔵品。なんとどの服も金子さんが着られる自分サイズ!着たくて集めたビンテージが膨大な数になり、博物館が喜びそうなコレクションになった。
「実は古着やアウトドアに興味を深めていったのは、文化服装学院を卒業してビームスの店で働きはじめてからなんです。10年前にシエラデザインズの最初期のダウンジャケットに出会い、スペックやカタログを調べるうちに面白くなり、クラシックアウトドアの収集が増えていきました」


開催した出版記念のお披露目イベントでは、OUTDOOR EXPEDITION BOOK 99に掲載した収蔵品をごっそりと会場に持ち運んで展示。来場したファッション関係者たちが目を見開くほどの迫力ある展示になった。

「着るとすごい形になるんですよ、この服」
と話しつつ、ディスプレイしたお気に入りジャケットを着てくれた金子さん。軍用として開発された品で、「たぶん世界に数着しかありません」との貴重なアイテムだ。
古着市場でレアなクラシックアウトドアを集めるには、どのようなやり方があるのだろうか?
「近年はSNSの活用によりこの分野がコミュニティ化してきました。そうすると海外の古着ディーラーから連絡が来るようになるんです。SNSでの情報発信は古着収集に役立つ手段のひとつです」

文化の学生時代の同級生が出版のお祝いに駆けつけた。写真右の安武俊宏さんはビームスのPRチーフとして長年活躍し、お洒落センスでも名高い有名人。2025年度より文化のファッション流通高度専門士科の講師としても活躍している。

金子さんの解説を熱心に聞き入った安武さんが、展示品を見回して一言。
「スゴい数量だな!これをすべて金子が個人で集めたなんて」
ビームスの社員から見ても驚きの収集のようだ。


上写真は金子さんとビームス プラスのスタッフがユタ州立大学を訪れたときの様子。彼らが持つ図面や本などの資料を補完できるのが金子さんの強みだ。
「大学はクラシックアウトドアの実物をあまり所蔵していません。僕は古着で買い集めたくさん持っています。お互いにサポートし合える関係にありますので、いま大学と一緒に動くさまざまな活動をはじめています」
毎日顔を出すビームス プラス 原宿

「なによりも店が大切です。僕が仕入れたものをお客様に届けるのは彼らの役割ですから」
そう話す金子さんは自身のキャリアもショップスタッフからはじまった。若かりし頃に原宿にあるビームス 本店でアルバイトして、入社試験を受けて正社員になった。現在勤めているオフィスも原宿にあり、チーフバイヤーになったいまもビームス プラス 原宿に毎日のように顔を出す。
「オフィス勤務のときランチを食べたあと店に行きます。常にそんなサイクルですね。店のスタッフと話をするのが仕事にとても役立ちます。お客様がなにを好んでいるか知ることも理由ですが、スタッフの一人ひとりがほしい服を知る目的もあります。彼らの望みを叶えることがいい品揃えにつながりますから」

ビームスでは積極的なショップスタッフは買付けに同行し、企画会議にも参加させてもらえる。金子さんもこうした業務を経てバイヤーになった。
「バイイングに重要な目線はふたつあると思っています。ひとつは新しいものによく接しているバイヤー目線、もうひとつは店とお客様をよく知るショップスタッフ目線。市場を生み出すにはこのふたつが必要です。皆でアイディアを出し合うことが仕事のコツです」

豊富なビンテージの知識でブランドと対話

上写真はビームス プラスが25年春夏シーズンにアウトドアブランドの権威であるマウンテン リサーチに別注した「GAME SHIRT」。このデザインが生まれた背景には奥深いエピソードがある。はじまりは金子さんがアメリカのニューヨークで見かけた一着の古着から。
「行った古着店で目に留まり、『おお、初めて見た!』と驚いた古着がありました。それがフィッシングのディテールを持つシャツだったんです。一般の売り場でなく高いところに飾られていて、10数万円もした貴重な品。でも『さすがにこの値段では……』と買えませんでした。でもその後、買わなかったことをずっと後悔したほど心に残っていた一着です。そんな話をマウンテンリサーチの小林節正さんにしたら、小林さんはこれの半袖バージョンを所有していることが判明。そして最近になり小林さんから『袖つきを見つけたよ!』と嬉しい連絡がありました。そこでビームス プラスで別注品をオーダーすることに。ほかの服の要素もミックスして仕上げていただきました。この分野に強いブランドだからこそ、強い服をつくれるのです。理想的な別注アイテムになったと思っています」

アウトドアカルチャーの文脈に即した服を金子さんが企画できるのは、クラシックアウトドアの膨大な知識のみならず、取り扱いブランドとの深い信頼関係があってこそ。毎年1月と7月末にニューヨークとサンフランシスコに海外出張するのも、現地のブランドと顔を合わせてコミュニケートするため。
「新型コロナ禍以降にリモートでオーダーできるシステムが世界中で構築されました。しかしブランドの人たちに直接会いに行くことがバイヤーの仕事にはとても大切です。その場にいる皆が案を出し合えば、マーケットに提案できるいい服をつくれます」
バイヤーには服をデザインする企画力も必要なのだ。
「付き合いのあるブランドさんに面白いと思ってもらえる案を出すように努めています。彼らをいい意味で刺激して、ビームス プラスらしく製品に落とし込んでいただきます」
店でのアルバイトからバイヤーになるまで
文化服装学院で金子さんが通ったコースはスタイリスト科。2,000年代当時はファッション誌でスタイリストの活躍が目覚ましかった時代だった。通学しながら有名スタイリストのアシスタントになり、卒業してからも仕事を続けた。当時はモードのマルタン マルジェラやラフ シモンズが全盛で、若い金子さんも夢中になった。他に深夜バイトを掛け持ちしてまでスタイリストアシスタントを続けたが、2年半ほどして休止。
「仕事内容そのものよりも、スタイリストの生活スタイルに馴染めずに辞めることにしました」
こうして休業期間を経て、人の紹介でビームス 原宿 本店でアルバイトをスタート。原宿での勤務だったことが、古着に目覚めるきっかけを生んだ。
「ビームスのショップスタッフは仕事中に着る服に制限が少なく、古着を加えた服装で働けました。原宿 本店のすぐ近くには古着屋の銘店であるベルベルジンやロストヒルズ、ボイスがあります。それらに通う生活になったことが、いまの自分につながっています」

その後に他店舗での勤務も経験し、本社での別注企画会議に招かれるようになった。社員試験にも受かりビームス社員に昇格。約4年間のショップスタッフ職を経て、ビームスのバイヤーに人事異動で就任。
「僕に求められたのはベーシックなアメカジのテイストでした。そこで1年間だけビームスのバイヤーになり、続いてビームス プラスのバイヤーに就任しました」
人生の紆余曲折を経てバイヤーとして約10年が過ぎた。幅広いファッションの知見、マニアックな追求心、発信する行動力を併せ持つ金子さんの活躍の場は、この先もさらに広がっていきそうだ。
※2024年4月取材
LINKする卒業生 ・Kano Takuma ファッション流通専門課程 スタイリスト科(現 ファッション流通科 スタイリストコース)卒業 スタイリスト https://www.instagram.com/takumakano 「同い年のスタイリスト科の卒業生で当時良く遊んでいた仲です。有名スタイリストから独立し、タレントを中心としたスタイリストとして活躍しています」 |
記事制作・撮影(取材)
一史 フォトグラファー/編集ライター
明治大学&文化服装学院(旧ファッション情報科)卒業。編集者がスタイリングも手がける文化出版局に入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。撮影・文章書き・ファッション周辺レポート・編集などを行う。
Instagram:kazushikazu
関連サイト
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ビームスプラス公式サイト。https://www.beams.co.jp/beamsplus/
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ビームス プラス公式インスタグラム。https://www.instagram.com/beams_plus/
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金子 茂インスタグラムhttps://www.instagram.com/shigerukaneko/
INTERVIEW
ビームス プラス
チーフバイヤー
金子 茂(かねこ・しげる)
ファッション流通専門課程 スタイリスト科(現 ファッション流通科 スタイリストコース)卒業
東京出身。文化服装学院在学中よりスタイリストアシスタントになり、卒業後も同職を継続。辞めたのちにアルバイトでビームスのショップスタッフに。2008年にビームスに正社員として入社。ビームスのバイヤーを経て2015年にビームス プラスのバイヤーに就任。
NEXT
次回のVol.45は、衣装制作会社のudonfactoryに所属する成田あやのさん。制作チームを率いるリーダーでもある彼女は、ドラマ・映画『推しの子』も手掛けて話題を呼んだ。衣装の仕事に憧れる人は必見!
INTERVIEW
ビームス プラス
チーフバイヤー
金子 茂(かねこ・しげる)
ファッション流通専門課程 スタイリスト科(現 ファッション流通科 スタイリストコース)卒業
東京出身。文化服装学院在学中よりスタイリストアシスタントになり、卒業後も同職を継続。辞めたのちにアルバイトでビームスのショップスタッフに。2008年にビームスに正社員として入社。ビームスのバイヤーを経て2015年にビームス プラスのバイヤーに就任。