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HIROSHI MARUTANI

丸谷 宏

丸谷 宏

25 April 2017

2014年に株式会社ROUND VALLEYを設立し、自身のブランドである『ARCH∧BES』でデザイナーとして活躍されている丸谷宏さんに、 在学中から卒業後、ブランドを立ち上げるまでの経緯、これからのものづくりまでを訊いた。

◎現在はご自身で立ち上げられたブランド『ARCH∧BES』でデザイナーとして活動されていらっしゃいますが、立ち上げまでの経緯をお聞かせ下さい。

丸谷:文化服装学院のアパレルデザイン科を経由して今は無きファッション工科専攻科(小池千枝先生担任)を卒業しました。
当時はCUTIE等の雜誌の影響もあり、インディーズブランドのブームでした。在学時から装苑賞へ応募して何回かノミネートされたがきっかけで雑誌の仕事を頂けたり、取引先も決まった事もあり自分も好きだったテーラードをベースとしたレディスウェアのブランドを立ち上げ、デザイン、パターン、生産、納品迄全てを自分達で行いながら、活動をしていました。
また、ブランドと並行してアーティストの衣装の制作、パターンの外注業務を行っていました。その後、展示会ベースに移行、法人化もして伊勢丹さんの別注を頂く位までになっていましたが、丁度その頃リーマンショックが起き、そのままやって行く事に限界も感じ、一度ブランドとしての活動はリセットして、ODM会社や企画の会社に就職しました。
大手アパレルブランドのメンズ担当デザイナーや企画職、フリーランスでのデザイン、企画を経て今まで培ったノウハウと経験を活かして2014年に株式会社ラウンドバレーを設立し、メンズウェアのブランドである『ARCH∧BES』を立ち上げたというのが、簡単な経緯になります。


『ARCH∧BES』の立ち上げまでに様々な経験をされているんですね!
現在のブランドを拝見していると、メンズ一筋というストイックなイメージがあったので、意外でした。
文化服装学院卒業後、すぐにレディースブランドを始められたということでしたが、いつかはメンズブランドを立ち上げたいと思われていたのでしょうか?

丸谷:基本的にテーラードが好きということもあってYOHJI YAMAMOTO POUR HOMMEやCOMME des GARCONS HOMME PLUSが好きで着ていました。
それらのウィメンズもテーラードをベースにしているブランドは好きで、店員さんと仲良くなって見たり、着たり(当時はオーバーサイズだったので)して何でも自分の糧になると思い課題の作品に活かしていました。
私の時代は文化にまだメンズ科が無く(3年時に設立)、基本レディースのカリキュラムでしたので、メンズは自分の購入した服を直す時や父のオーダーの古着、紳士服の口座や本を研究していました。
また当時も今も市場的にはウィメンズが圧倒的な需要でしたので、デザインする愉しさはありましたが、いつかはメンズをやりたいという思いはありました。
その後様々なタイミングや事情もありブランドとして始めるまでには至らなかったのですが、3年前に自分の集大成として始める事を決心しました。
自分はテーラードから入りそこからメンズウェアの原点であるミリタリーやワークウェア、デニム等に興味が湧いて行きどんどん好きになりました。
そうした経緯があり、素材やパターン、仕様などに訴えることが出来るメンズウェアはやりがいを感じています。
現在はパターンと工場は外注ですがそれ以外の業務を基本的に1人で担当しているので大変ではありますが、入学時に一生の仕事にしたいと思い文化服装学院で学ぶ事を選択したので、諦めずに続けて行こうと思っています。

お話を伺っていると、文化服装学院に入学される前からファッションや服作りに強い関心があったのではないかと思ってしまいますが、どういった経緯で文化服装学院で学ぼうと思われたのでしょうか?

実は、昔からファッションに強い関心があったという訳では無かったのです。
実家はハンドバックと婦人靴を扱う店をやっていて、シャルルジョルダンとかも扱っていましたが、僕自身は中高生時と競泳やスキーをやっていたので、あまり縁はありませんでした(笑)。
私が高校生くらいの頃は、DCブームの最後の時期で、たまたま見た雑誌に山本耀司さんのインタビューが掲載されていてました。その時のYOHJI YAMAMOTO POUR HOMMEの服とインタビューの内容が素晴らしく、それをきっかけにファッションに興味を持つようになりました。
また、幼い頃から絵を描くことが好きだったので、デザイナーなら絵を描くことが仕事に活かせるということもありました。偶然にも近所に文化服装学院で先生をされている方がいらっしゃって、進路を相談した際に、ファッションを学ぶなら文化服装学院!と言われた事もあり、文化服装学院に入学することを決めました。
最初は二部に入学して、その後一部に再入学しました。二部の頃には、ミナペルホネンの皆川さんと実家が近いこともあって仲良くして頂き、一緒に文化祭のショーに関わったりしました。アパレルデザイン科ではUNDERCOVERの高橋盾くんやPerfumeの衣装やリオ五輪の衣装製作のスコナビコナの櫻井利彦くん等とクラスメイトになったので、周りには刺激的な学生が多く、とても楽しかったですね。
僕らのアパレルデザイン科だけ3年時ではなぜか1クラス体制になり100人以上クラスメイトがいたので、担任も基本放任主義だったのも良かったのかも知れません。

なるほど。強い思いを持って入学されたと思いますが、在学中に最もタメになったことや、印象に残っていることはどのようなことでしょうか?

丸谷:入学前から大変だとは聞いていましたが、課題がここまで大変だとは正直思っていませんでしたので、ある意味面食らいました(笑)。
運動部だったので体力には自信があったのですが、慣れない針仕事で最初の頃は付いて行くがやっとという感じでした。
また印象に残っているのは、やはり人脈というか人との繋がりです。先ほども少しお話しましたが、刺激し合える友人達と出会えた事、仲間達と切磋琢磨し合えたことは、とても楽しかったですし、勉強になりました。
その頃の友人たちは独立志向が強く、今でもデザイナーやスタイリストなど各方面で活躍している人が多いので、SNSが発達した今ではたまに会って色々な話や仕事の相談、はたまたプライベートや子供の話などが卒業して25年以上経っても出来るそうした「人との繋がり」は何にも代えがたい財産になっていると思います。

どのクラスでも印象的な同級生がいらっしゃったのですね。すぐ近くに刺激し合える仲間や同級生がいるのは、多くの学生が、ファッションという一つの目的のもとに学んでいるという環境のメリットですね。

丸谷:そうですね。
私は二部の頃から1年生にも関わらずショーの企画の先輩に色々と携わったり、1部に移ってからも基礎科の頃から発表会では企画のパート、アパレルデザイン科時には文化祭のショーの副委員長になったりと、科を横断して様々な学生や先生と携わっていたので、沢山の人と繋がることが出来ました。
学校外でも、クラブのパーティーの黎明期だったので友人が関わっているイベント等に行くと、そこでも自然と知り合いが増えて行きました。
実家が商売をやっていたのもあるともいますが、小さい頃から知らない人でもコミュニケーションを取れる方だったのと、あるミュージシャンの方が「友達になるのに声をかけるのに恥ずかしいのは一瞬だけど、声をかけずに友達になれないのは永遠に後悔する」という言葉を心がけようといたからかも知れません。
学校での勉強や課題は大切ですが、それ以外でも興味がある事を見つけて とことん突き詰める事も学生時代にしか出来ない事だと思うので臆せず、 学生ならではのバイタリティーで色々なことを体験して方が良いと思います。
また文化には他の学校には無いファッションに関わる素晴らしい資料、図書館や施設もありますし、素晴らしい先生や、外部の方、OB、OGもいらっしゃいます。 学内外共にいい意味でどんどん利用し、素晴らしい学生生活と関係性が送れるのは大変なメリットだと思います。

ご自身の集大成と仰っていた『ARCHABES』の強みと、今後どのような展開を考えていらっしゃるのかお聞かせ下さい。

私がデザインしている「ARCH∧BES」(アークビス)は保存しておく場所という意味を持つ「ARCHIVE」。
注文、嗜好、使用目的にあわせて既存の物を改変し新調することを意味する「BESPOKE」。 2つの言葉をW掛け合わせたブランド名です。 ヴィンテージのアーカイブ集を基に現代的に再構築することで新たなるプロダクツを産み出しています。
単なるリプロダクションではなく、これからの価値ある一品となるプロダクツを目指し、シンプルなかがらも細部の至る所にヴィンテージ仕様を備えつつ、今の時代にアップデートしたシルエットとフィット感、機能を提案しています。
それらは企画、デザインだけでなくパターン、縫製全て経て来た経験と知識、デリバリー時の箱、下げ札や付属に至るまで製品作りに活かしています。但しそれらも優秀な熟練した職人さんや工場の先輩方と一緒に組む事によって現代的なデザインと素晴らしいアーカイブの技術が融合するのです。
先輩からすれば未だ未だ未熟な自分ですが、力を合わせて行ければと思います。
今はマスのマーケットの物とそうでない物がハッキリ分かれています。但しまた昔とは違い、そうでない物でもインターネットが普及した現代では、それらを世界中に発信する事も出来ます。
自分のブランドは業界内で数少ないメンズウェアの中でもマーケット的には更に小さい物かもしれません。だからこそピンポイントで決めたターゲットとコンセプトを基本にしっかりとした物づくりして行き、少しずつ市場に広がりブランドのスタイルを伝えていければ良いと思っています。
ファッションは嗜好品であるからこそ、最終的にはお客様が満足しなくてはなりません。
その製品がモノ的にも、価格的にもお客様が満足し、人生の相棒として長くお付き合いできる製品を届けて行きたいですね。

最後に現在文化服装学院で学んでいる学生や、今後入学を考えている高校生に向けてアドバイスなどを頂けますか?

先ほども少しお話したのですが、学校での勉強は基本です・・・が、それ以外にも興味を持った事があれば突き詰めて欲しいです。
(こんなこと言うと先生方に怒られるかもしれませんが)これは誰にも負けないぞと言える何かがある人は結局強いです。
私は学生の頃は、気になるブランドのショップへ行き、ひっくり返したり(笑)、顧客に配られる著名なフォトグラファーやアートディレクターが関わった カタログやコレクションのチケットやビデオが欲しいが為に試行錯誤したり、服が購入出来たらコピーや分解しパターンや縫製方法を研究しました。
それが正解という訳では無いのですが、それ位とことんやって見て初めて理解し、感じる事があると思います。兎に角これと思う物があったら直に見に行く事が大事です。
あとファッションに限リませんが一応一流と思われているモノ、芸術、カルチャーには目を通して置くのをお薦めします。それらを見て自身の審美眼を養うことは大変重要です。
また、ファッションはプロとしてやって行くには一人だけでは成立しません。社内、社外や上司、部下、協力会社のMD、パタンナー、生産、工場他自分に関わるの方々やお客様全てとのコミュニケーションが必要不可欠です。自分だけの技術でなく、如何にそれらの方々とコミュニケーションを取り、一つの目標に向かって、先ずは身近な方と何かやってみて下さい。そうすることで、きっと新しい事や感覚が始まって行くと思います。
ファッションは服だけで無く、これらに関わる事で人に感動を与えられる数少ない素晴らしい職業です。誇りを持って自分の道を進んで下さい。

丸谷 宏

『ARCH∧BES』デザイナー

『ARCH∧BES』デザイナー

991 年 文化服装学院アパレルデザイン科卒業。 同年 4 月ファッション工科専攻科へ進学。 在学中にヨウジヤマモトデザイン研究所てパタンナーインターンシップを経験。 第 66 回装苑賞候補メンズファッション大賞候補にノミネート。 1992 年 文化服装学院ファッション工科専攻科を卒業。 第 67 回装苑賞に3作品が候補にノミネート。 卒業と同時にレディスウエアブランド立ち上げる。 デザイン、パターン、生産~納品迄全ての業務、外注パタンナーとして活躍。 またブランドと平行して雑誌の企画ページやスピッツ等のアーティストの衣装の製作や OEM 事業を展開。 2011 年~ODM 会社にて(株)ジュン Adam et Rope HOMME、 スタイリスト熊谷隆志さんとのコラボブランド「VOT」を担当。 中国生産のノウハウを身につける。その後 GSM 系カットソーの企画会社メンズウェア企画職を経て フリーランスデザイナーとして BEAMS 等セレクトショップの商品、グラフィック等を企画提案する。 2014 年~それまでのデザイン活動の集大成として 株式会社ラウンドバレーを設立、代表取締役に就任。 メンズウェアブランド ARC∧BES(アークビス)を立ち上げる。 2016 年 某社と ARCH∧BES(アークビス)ダブルネ-ムシャツをピッティ・ウオモへ出品 .

991 年 文化服装学院アパレルデザイン科卒業。 同年 4 月ファッション工科専攻科へ進学。 在学中にヨウジヤマモトデザイン研究所てパタンナーインターンシップを経験。 第 66 回装苑賞候補メンズファッション大賞候補にノミネート。 1992 年 文化服装学院ファッション工科専攻科を卒業。 第 67 回装苑賞に3作品が候補にノミネート。 卒業と同時にレディスウエアブランド立ち上げる。 デザイン、パターン、生産~納品迄全ての業務、外注パタンナーとして活躍。 またブランドと平行して雑誌の企画ページやスピッツ等のアーティストの衣装の製作や OEM 事業を展開。 2011 年~ODM 会社にて(株)ジュン Adam et Rope HOMME、 スタイリスト熊谷隆志さんとのコラボブランド「VOT」を担当。 中国生産のノウハウを身につける。その後 GSM 系カットソーの企画会社メンズウェア企画職を経て フリーランスデザイナーとして BEAMS 等セレクトショップの商品、グラフィック等を企画提案する。 2014 年~それまでのデザイン活動の集大成として 株式会社ラウンドバレーを設立、代表取締役に就任。 メンズウェアブランド ARC∧BES(アークビス)を立ち上げる。 2016 年 某社と ARCH∧BES(アークビス)ダブルネ-ムシャツをピッティ・ウオモへ出品 .

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