RIKA WATANABE

劇団四季
衣裳部門責任者
渡邉里花

劇団四季の衣裳部門責任者が
案内するスタッフワーク

ミュージカルを中心にした舞台芸術で日本の頂点に立つ劇団四季。今年で70周年を迎えた。大規模なロングラン公演が同時進行する同劇団は、舞台衣裳にも力を注いでいる。衣裳部門のチーフとして約60名いるスタッフを取りまとめているのが、今回のキーパーソン渡邉里花さん。渡邉さんの案内により、現場で活躍する若手の文化服装学院卒業生たちの日常にもフォーカス!

広い1フロア+各専門部屋にわかれて

四季芸術センター内の衣裳部門のメイン部屋。

 
横浜市にある劇団四季の本社「四季芸術センター」。住宅地の広大なスペースを利用して、稽古場、トレーニングジム、図書館、食堂まで完備した発信拠点だ。コンクリートうちっぱなしの近代的な建物のなかに、舞台制作のあらゆるものが集まっている。モノづくり好きな人ならドキドキして興奮を抑えきれない空間だ。
練習着を着た俳優たちが社内の廊下を当たり前に歩き、すれ違うと見知らぬ人にも笑顔で「お疲れさまです!」。このコミュニケーションの空気が、大きな衣裳部屋にも流れ込んでいる。不自然な緊張感がなく居心地のいいムード。作業場として印象が近いのは、服や帽子のオートクチュールアトリエ、またはファッション専門学校や美術大学かもしれない。

ただし渡邉さんによると、衣裳を仕立てることは仕事のごく一部とのこと。
「デザイン画を描く服づくりが衣裳担当者の仕事だとよく思われます。でも劇団四季では『衣裳管理』と呼ぶべき業務が中心です。長い歴史で受け継がれてきた衣裳を新しい俳優さんに合うように調整したり、修理したり染め直したり。デザインまでオリジナルでつくるケースはさほど多くないのが現状です」
ひとりひとりが状況に応じてさまざまな業務を行うのも、劇団四季流の仕事スタイル。全国の劇場を飛び回る日々を送ることもある。
「体力と応用力。そしてポジティブな考え方。それが衣裳スタッフに必要とされる資質でしょう」
チャレンジ精神旺盛な人が衣裳部門を支えている。

舞台衣裳をつくる

渡邉さんが案内してくれた取材日に、文化服装学院卒業生が衣裳の発注作業をしていた。ファッション工科専門課程 アパレルデザイン科卒業の、紅林 カジ 采良(くればやし・かじ・さいら)さんである。

『ウィキッド』の新規衣裳発注のための作業を行う紅林さん。

見本となる衣裳。これに沿って服をつくっていく。
1着1着が手仕事によるもの。

高校時代から劇団四季で働くことを目標にしてきた舞台衣裳好き。
「衣裳をやりたくて、劇団四季が国内最高峰と知って文化服装学院に入学しました。アパレルデザイン科を選んだのは、もっとも幅広くしっかりと服を学べる科だと考えたから。卒業年からここで働かせていただいてます」
満面の笑顔で話す紅林さんの様子を眺めると、充実した毎日を過ごしていることがよく伝わってくる。つい先日まで劇場の現場担当で、いまは本社で開幕前の作品の準備作業をしているそうだ。どんな仕事がきても柔軟に対応するセンスがここでは役に立つ。衣裳製作全般については渡邉さんいわく、「社内でつくらず外部の工房に発注することが多いです」。

『ウィキッド』。撮影:荒井健

本社内に染色部屋まで

「染めをする部屋もあります」との渡邉さんの言葉を受けて入った部屋に驚いた。まるで下町の染色工場が移転してきたかのような作業場!布やパーツを染める専用部屋まで設けてしまうのが劇団四季の凄みだ。ここにも服飾専門課程 服飾専攻科 デザイン専攻を卒業した片山理紗(かたやま・りさ)さんがパーツを染めていた。

片山さんが染色液を入れた熱湯のなかでパーツを染める。
熱い湯から重いパーツを引き上げる。
「体力勝負」と渡邉さんが語るのも納得の一幕。身体を使うハードな作業も仕事の一部。
染色素材がぎっしりと詰まったボックス。劇団四季の長い歴史がこんなところにも。
片山さんと一緒に働いていた古賀愛乃(こが・なるの)さんは、同じ文化学園の文化学園大学卒業生。「コロナ禍であまり学校に行けなかった学生生活でした」。細い腕で重い棒を巧みに操る。

上の写真で古賀さんが微妙なベージュ色に染めている白布を渡邉さんが説明してくれた。
「照明が強くあたるステージでは白の布は反射で“白飛び”しがちです。そこで白の服でも劇団四季では少しニュアンスをつけるんです。舞台映えするように」
染めにそんな目的があるとは、目からウロコの舞台向けテクニックだ。

『ジーザス・クライスト=スーパースター』[ジャポネスク・バージョン]の衣裳がずらり。稽古場で俳優が衣裳を着用して稽古したときの着替え室。

衣裳部屋での『ジーザス・クライスト=スーパースター』[ジャポネスク・バージョン]の衣裳。

劇団四季の歴史上で重要な演目のひとつ、劇団創立者である故・浅利慶太さん演出の代表作『ジーザス・クライスト=スーパースター』[ジャポネスク・バージョン]。キリスト最後の7日間を描いたこの作品で俳優が穿くパンツは白の5ポケットジーンズ。現代的な服を染めで汚してほつれさせ、着古したように仕上げている。代々受け継がれた衣裳に手を加え、新たに付け足していく。

『ジーザス・クライスト=スーパースター』[ジャポネスク・バージョン]。撮影:上原タカシ

手仕事で柄を描く伝説の『キャッツ』

『キャッツ』の衣裳は専用部屋がある。
シーム(縫い目)を柄合わせするため、猫の毛並みの一本一本を描いていく。
ストレッチ生地に模様をプリントし、縫い合わせてから手描きでずれを修正。この視覚効果が『キャッツ』のリアリティを生む。
作業スタッフのデスク周り。着る俳優が変わると体格に合わせるためスナップの位置を調整していく。

舞台衣裳の迫力を世に知らしめたミュージカル『キャッツ』。身体に張り付くタイツと前衛的なヘアメークが、猫を演じる俳優の独特な動きと一体になるエンターテインメント&アートなロングラン演目だ。劇団四季版の衣裳は四季芸術センターの専用部屋で管理されている。1着1着が丁寧な手仕事によるものだからこそ、離れて見る観客も心が鷲掴みされるのだ。

『キャッツ』。撮影:堀 勝志古

重要な仕事は“管理”

服飾専門課程 服飾専攻科 オートクチュール専攻卒業の新人スタッフ、吉岡彩音(よしおか・あやね)さんが衣裳セクションの廊下で『ウィキッド』の衣裳を整理していた。手前にあるダンボールのなかはすべて靴だ。
四季芸術センターの清潔な廊下の壁に、厳密に仕分けされた衣裳材料の棚が。
全国の劇場に荷物を運ぶ準備も大切な仕事。公演では舞台美術も含め膨大な量が移動する。

 
修理や縫い直しはもちろん、正確に整理するのも衣裳部門の大切な業務。役柄ごとに着るものがはっきり決まっているから、この段ボールにも箱に役名や俳優の名が書かれた紙が貼られている。

渡邉さんのオフィス

事務スタッフが勤務する部屋。衣裳部門責任者の渡邉さんのデスクはいちばん奥。
すっきりと整理されたデスクでパソコン作業。奥に貼られたのはニューヨークで購入した海外の舞台カード。

現場スタッフの仕事が衣裳管理なら、そのスタッフたちを管理するのが渡邉さんの主な役割。
「組織づくりがいまの仕事です。衣裳部門に人を集め、適材適所に配置して運営していきます」
スタッフの数が少ない過酷な時代も経験してきたベテランだからこそ任命された役割だ。毎日の作業ではパソコンに向かう時間が長い。

イチオシ! 『クレイジー・フォー・ユー』

「本当にかわいい!」と渡邉さんが大好きな『クレイジー・フォー・ユー』の衣裳。初演から代々引き継がれているものだ。時代設定は1930年代。
生地をつなぎ合わせた凝った仕立て。細部まで手抜きなしの素晴らしい出来栄え。
『クレイジー・フォー・ユー』。撮影:荒井 健

 
「観るだけで、幸せになれる。
これぞミュージカル・コメディの決定版!」

このキャッチコピーも華やかな演目『クレイジー・フォー・ユー』。1930年代ニューヨークを舞台にジャズとクラシックが融合したガーシュインの曲に合わせて、タップダンスをはじめさまざまなダンスが盛り込まれた作品である。
「ぜひ皆さんにご覧いただきたいです。劇団四季のスタッフにファンが多い演目。本当に観たあとハッピーな気分になれますから」
渡邉さんが大絶賛するステージである。舞台上で俳優たちが履くシューズは、衣裳部門スタッフたちが新たに手作業で塗り直したもの。観に行くときはそんなエピソードにもぜひご注目を!

衣裳デザインした2演目

2021年と22年に、オリジナルの衣裳制作を渡邉さんがスタッフとともに行った。『劇団四季 The Bridge ~歌の架け橋~』『劇団四季のアンドリュー・ロイド=ウェバーコンサート~アンマスクド~』の2演目である。渡邉さんがディレクションして皆でデザインしたり、自分たちの手による新たな挑戦が息づく舞台になった。

『劇団四季 The Bridge ~歌の架け橋~』。撮影:荒井 健
『劇団四季 The Bridge ~歌の架け橋~』。撮影:荒井 健
『劇団四季のアンドリュー・ロイド=ウェバーコンサート~アンマスクド~』。撮影:阿部章仁
『劇団四季のアンドリュー・ロイド=ウェバーコンサート~アンマスクド~』。撮影:阿部章仁

入団翌日から毎日劇場通い

仕事現場を取材させてくれた卒業生たち。左から渡邉里花さん、片山理紗さん、紅林 カジ 采良さん、吉岡彩音さん。

 
「ここには文化服装学院の卒業生がたくさんいます」と渡邉さんが話すように、舞台衣裳の仕事場を巡っていると何人もの卒業生に出会った。ただし昔の時代はいまほど人数がおらず、文化出身者も少なかったようだ。
「わたしが入団した10年以上前のスタッフ数はいまの半分ほどの約30名。入団した数日後に当時横浜にあった『キヤノン・キャッツ・シアター』の配属になりました。1ヶ月後には現場の衣裳管理をひとりで任された状況。3ヶ月ほど終電帰りが続きました。仕事に慣れたら効率よく動けるようになりましたが、それまではたいへんで」
さまざまな現場体験がいまのキャリアにつながったに違いない。

四季芸術センターのエントランスすぐの壁に貼られた伝統の標語。創立者の浅利慶太さんが掲げた教訓だ。渡邉さんがいちばん好きなのは「慣れだれ崩れ=去れ」。慣れるとしだいにダレてしまい、いずれそれが崩れにつながることを戒めている。

 
学生の頃から手に職をつけることを考えていた渡邉さんが通った高校は商業高校。将来歩む道は小学校のとき決意したファッションの世界。両親がアパレル勤務だったことも影響したようだ。芝居にも惹かれて目指したのが舞台衣裳の道。文化服装学院に進学するとき大学卒業と同等の称号を得られる4年制のファッション高度専門士科を選んだのは、これも手に職をつける発想から。劇団四季のホームページで人材募集を知り応募して見事に入団。学校のコネクションでなく自力で掴み取った仕事である。渡邉さんは現在、文化服装学院で特別講義も行って両者をつなぐ役割も担っている。
舞台好きなら学生時代に文化祭ファッションショーにも熱心に関わったと思えて尋ねてみると、意外な答えが返ってきた。
「実は『イエ〜!』みたいな集団のノリが苦手なのです。文化祭はショーでなくクラスの展示に参加しただけでした。とはいえふだんの生活では『アフリカ文化研究部』に入り、毎週金曜日に部室に集まった15人のメンバーと太鼓叩いて踊ったりしてましたね(笑)」
舞台を皆でつくり上げることは好きでも、文化祭ショーメンバーの華やかな盛り上がり感に馴染めない人は多いのかもしれない。渡邉さんは自身の資質を見極めて日本最高峰の劇団に入り、衣裳部門のトップにまで駆け上がった。文化の学生の憧れを叶える道を彼女が切り開いてくれたのだ。世界に名だたる劇団四季の一員になるのも決して夢の話ではない。

※2023年6月取材


LINKする卒業生

・向 祐平(服装科卒業)
Munited Kingdomai YUHEIデザイナー
www.instagram.com/p/CgnqrgchyhH/?hl=ja
www.instagram.com/yuhei_mukai/?hl=ja
www.yama-store.com/?mode=grp&gid=2059262

「ちゃーりー(※ 向さんのあだ名)は、とってもかわいいオリジナルブランドをやっている人。アフリカ文化研究部で一緒にアフリカンダンスを踊っていた仲間です。今でも仲良くしてもらってて、わたしがデザインを担当した『劇団四季 The Bridge 〜歌の架け橋〜』も劇場に観にきてくれました」

記事制作・撮影
一史  フォトグラファー/編集ライター
明治大学&文化服装学院(旧ファッション情報科)卒業。編集者がスタイリングも手がける文化出版局に入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。撮影・文章書き・ファッション周辺レポート・編集などを行う。

Instagram:kazushikazu

関連サイト

INTERVIEW

劇団四季 衣裳部門責任者
四季株式会社[劇団四季(げきだんしき)]勤務
渡邉里花(わたなべ・りか)
ファッション工科専門課程 ファッション高度専門士科 2011年卒業

1989年、神奈川出身。子供のころから舞台衣裳を目指し商業高校卒業後に文化服装学院に入学。卒業年に劇団四季に入団。2017年より衣裳部門のチーフに就任。現在の肩書は「舞台美術部 コスチューム 課長」。文化の特別講義では衣裳を仕事にすることの実体験を学生たちに伝えている。

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ビームス ディレクター 増子雄一郎

ファッション流通専門課程 スタイリスト科(現・ファッション流通科 スタイリストコース)卒業

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四季株式会社[劇団四季(げきだんしき)]勤務
渡邉里花(わたなべ・りか)
ファッション工科専門課程 ファッション高度専門士科 2011年卒業

1989年、神奈川出身。子供のころから舞台衣裳を目指し商業高校卒業後に文化服装学院に入学。卒業年に劇団四季に入団。2017年より衣裳部門のチーフに就任。現在の肩書は「舞台美術部 コスチューム 課長」。文化の特別講義では衣裳を仕事にすることの実体験を学生たちに伝えている。

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